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千人伝(二百三十六人目〜二百四十人目)

二百三十六人目 捜索

捜索の趣味は捜索であった。行方知れずとなった人や物を捜索しては見つけていった。見つける人や物を見つけ尽くした後は、捜索対象を創作した。架空の行方不明者の詳細なプロフィールを作り上げた。ありもしない失せ物を完成させた。

捜索の創作した創作物の完成度があまりに高かったため、実在するのと変わらなくなってしまった。捜索より先にそれらを発見してしまう者まで現れた。

捜索は他の者に自分の創作した捜索対象を捜索されまいと、創作ペースをあげた。しかし創作活動が忙しくなりすぎて捜索活動ができなくなってしまった。

捜索は今では創作時間を捻出する方法を捜索する人の話を創作している。

二百三十七人目 耳鳴り

耳鳴りは病に倒れて以来、キーンという耳鳴りがずっと耳の奥で鳴り響くようになった。それまで好きだった音楽もほとんど聴けなくなった。耳鳴りの原因は病気のせいだが、なぜその病気になったかの原因は不明であった。何もかもが原因であるかのような気もした。音楽を取り込み過ぎたせいなのかもしれなかった。

音楽は耳鳴りの胸や頭の中で鳴った。好きだった曲は自分の内部で再生できた。耳に負担はかからない聴き方であった。うろ覚えの歌を好き放題アレンジした。

ふと自分の中の音を鎮めると、耳鳴りが蘇ってきた。ずっとずっと鳴り続けていたものが、意識から追い出していたものが、戻ってきてしまったのだ。

耳鳴りは耳鳴りそのものを音楽として捉えようと試みた。その試みは生涯に渡り失敗に終わった。

二百三十八人目 リハビリ

リハビリは入院中の患者の中で一番若かったので、老人中心のリハビリルームで異彩を放ってしまった。リハビリには他の誰よりも過激なメニューを課された。トレーニングジムに通う健常者を遥かに上回る負荷がリハビリに身体にのしかかった

それらのメニューをどれも軽々とこなしながら、リハビリの運動はリハビリ室に収まらず、病棟内を駆け巡った。数々の世界記録を打ち立て、羽根や牙も生えた。髪は抜けた。

そんな彼だったが、退院して病院を出た途端に身体は弱り、病は再発し、すぐに入院生活に逆戻りするのだった。リハビリ室の世界記録は日々更新され続けた。

二百三十九人目 ダブ東

だぶとん、と読む。ダブ東は麻雀の打ち手、いわゆる雀士であった。彼は東場で自分の親場の時、いわゆるダブ東時に最大限に強さを発揮した。あがってあがって連チャンし続けて、東一局で卓上の他のプレイヤー全員を飛ばすことを得意とした。

ダブ東の全盛期が長くは続かなかったのは、ダブ南に敗北したせいだった。ダブ東と似た勝ち方をするダブ南は腕っぷしの強い雀士であり、彼女に惚れてしまったダブ東は実力を発揮できなくなり、ダブ南にいいようにやられてしまった。

ダブ東はダブ南に一晩だけ食べられ捨てられた。ダブ南が裏の世界の雀士として頂点に上り詰めるのを尻目に見ながら、ダブ東は雀士を辞めた。勤めていたわけではないから、ひっそりと麻雀から離れただけのことだった。

ダブ東が孤独死した年齢は四十台前半であったが、見かけは九十歳近く見えたという。彼の部屋には無数の麻雀牌が転がっていた。全て字牌の「東」と「南」であった。

二百四十人目 レイジ

レイジは音楽の好きな少年であったが、病を発症して耳鳴りが酷くなって以来、イヤホンで音楽を聴けなくなってしまった。原因不明の病であり、日頃の生活を見直してみたレイジは、イヤホンで音楽を聴き続けていたのも、原因の一つではないかと思ったのだ。

あれほど愛していた音楽も、自ら聴くのではなく、偶然聞こえてくる音との出会いを味わうだけとなってしまった。病のリハビリ中にFMラジオから、当たり障りのない音楽が流れてきた。レイジはもっと刺激のある、激しいリズムの曲が欲しかった。

続いて知っているバンドのあまり知らない曲が流れてきた。淡々としたミドルテンポの曲もレイジは好きだった。リハビリ室に小さな音声で流れてくるその曲の歌詞を覚えて、後でレイジは調べて、病室でイヤホンをつけて聴いてみた。

やはり長くは聴けなかったが、その後レイジはその曲を聴くたびに「もうすぐ帰れる」と退院間近だった希望の日々を思い出した。



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