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「踊る少年が描き足された理由」【掌編小説】

「一日中歌っていたいから、学校を休ませて」
 そう言った時、両親は反対せず、むしろ後押ししてくれた。大声を出せば隣に響くので、タオルケットをかぶってくれと言われ、その通りにした。すぐに喉が渇くのでペットボトルを常に傍らに置いて、歌い続けた。うろ覚えの歌をうまく歌えないのが悔しくて、次の日から歌詞の暗記に熱心になった。読めない漢字を読めるようになった。小学三年生の頃のことだ。

「一日中絵を描いていたい」
 父がくれたコピー用紙の束に、色鉛筆を振りかざした。家中のものを描き尽くした。右手が疲れたら左手で描いた。広い面積を塗り潰す際には歌を歌った。鏡に映る自分を描いた。まだ幼い、歳の離れた弟が、不思議そうに私を見上げていた。その顔を描いた。小学四年生の頃のことだ。

「一日中ゲームをしたい」
「一日中弟と遊んでいたい」
「一日中勉強したい」
「一日中寝ていたい」
 私が学校を休みたい理由を、両親は全て受け入れてくれた。
「堂々とやりたいことをやりなさい」
 父と母は、昔自分達はどうやって学校をサボっていたかという話で盛り上がっていた。

 一度「今日は何もする気がないから」と休んだこともあった。
 疲れもせず眠くもなく遊ぶ気にもなれず歌も絵も進まなかった。
 トランプを使った新しいゲームを考えようとして、止めた。
 何もせずにいるのは案外難しいことだった。
 少しだけ詩のようなものをコピー用紙に書いてしまった。
 余白に詩に合わせた絵を描いてしまった。
 メロディをつけて歌ってしまった。
 弟がそれに合わせて踊っていた。


 歌手になった、絵描きになった、その他あの頃夢中になったことで大成した。
 なんてことはなく、私は特に何者にもなれず大人になった。
 ギリギリ生きていけるだけの収入と、いない時期の方が多い恋人と。
 時々耐え切れなくなりそうな日々の辛さを、昔のことを思い出して乗り切る。
 だけでなく、丸々一日「これだけをする」という日を作り、実行する。
 子どもの頃のような集中力で夢中になれるわけではないけれど、そういう日があるからこそ、次の日を迎えられている。

 弟が自作の小説を送ってきた。
 少年時代の話で、一日中コピー用紙に向かって色鉛筆を振りかざしている私の話も書かれていた。弟は私と同じように学校を休んだ日には、一日中本を読んでいるような少年だった。長じて小説を書くようになったが、まだまだ「そこそこ巧い素人」くらいのもので、お金を稼げるとかいうレベルではない。それでも、幼い頃の記憶を元に、幸せだった時代を小説に出来るというのは、羨ましく思う。何もかも中途半端だった私には到達出来なかった場所に、弟はいる。

 二つ気になることがある。
 弟の書く両親の姿に、私の記憶と食い違いがある。
 前述したように、私がやりたいことをするために学校を休む際に、両親は何でも許してくれた。
 弟の場合、それは「一日中本を読みたい」場合に限られていたという。
 あれこれ取り散らかす私を弟は羨んでいたという。私には初耳のことだった。何かに熱中はするものの、あれこれ手を出し過ぎて大成しそうにない私の有り様を見て、両親は弟への教育方針を私とは違うものにしていたのだろう。

 もう一つは、弟の書く小説の中で、私達の両親はまだ存命で、子ども達のことを応援している、と書かれていることだ。実際には、父の失職と死をきっかけにして家族は崩壊した。その後無理をして倒れた母の記憶は鮮明であっても、父の記憶は弟には僅かなものしかないはずだった。
 既に取り壊された実家のあった土地に建てられたアパートに、弟は住んでいる。私達にとっての黄金時代の話を、現実の何倍もの期間に引き伸ばして、小説として書いている。歳が離れているから見え方が違う、というだけの理由では収まらない私の知らない風景が、全て美しかったものとして書かれている。嘘だ、と私は思う。しかし小説であると言われれば返す言葉もない。
 弟にとっては、その小説の内容こそが真実であるのかもしれない。私の曖昧な記憶よりも、ずっと確かなものとして弟には刻まれているのかもしれない。それを読む私の記憶も塗り替えてしまいそうなほど強烈に。

 弟の小説に影響を受け、私は久しぶりにコピー用紙に、昔の私に似た少女の絵を描き、詩のような言葉も書いてみた。でたらめな節で歌ってみた。踊ってくれる人は誰もいなかった。
 だから、踊る少年を描き加えた。

(了)



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