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恒川光太郎「白昼夢の森の少女」

 和菓子のアンソロジー、BIG ISSUEなど、様々な所に書いてきた小説群をまとめた短編集。一貫性がない分、作者が各短編を解説してくれてるのでお得感あり。作者の実体験をもとに書かれた『布団窟』が、一番常日頃からの恒川光太郎作品らしいともいえる。

 読んでいる最中、妻の部屋にいた娘が、突然居間にやってきて怒り始めた。
「ケンちゃんこっち来るなら言ってよ!」とのこと。
 何のことか分からず問いただすと、娘が寝転がっていた布団の端を、弟が触って驚かしたのだとか。
 そんなはずはない。娘が部屋を移ってから、息子はずっと私の隣でおやつを食べていた。私の椅子と食器棚の狭い間を抜けなければ、息子は娘の所へは行けないし、息子自身昼寝していないから眠そうにしてうつらうつらして、そんなに積極的にいたずらしにいく雰囲気でもない。

 廊下の帽子掛けに掛けてある帽子が人の顔に見えたのだろうとか、うとうとして寝ぼけてたのだろう、と娘を説得するも、「寝てない、帽子のことじゃない」と言い張る。
 真実はどうあれ、読書中のタイトルにふさわしいような出来事だった。

 各短編それぞれ恒川光太郎節が効いている。どのような設定、状況でも「この設定すごいでしょ、とんでもない状況になってるでしょ」感は見せず、そこに生きることになっている人物が、状況に立ち向かう姿勢やら、こんな状態は日常ですよ、という生き様やらに、読んでいて安心する。自分の思う理想の物語が、こうして世間に受け入れられている、という安心だ。物語の展開ではそんなに安心安全な物語はない。

 あらためて眺めると実話怪談である『布団窟』の根源的恐怖が、筒井康隆の「夢の木坂分岐点」に通じるようで、今日の夢にでも出てきそうで恐ろしい。子供達の大勢いる他人の部屋にたまたま入り込んでしまい、そこで布団遊びに興じるうちに、という話。

 白昼夢か、気のせいか、息子の瞬間移動か、娘が体験した不思議な経験は解決を見ていない。そのせいか、居間に家族全員固まっている。それぞれ別のことをしながら。


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