見出し画像

千人伝(百五十一人目〜百五十五人目)

百五十一人目 爆発


爆発は気を抜くと爆発した。震え過ぎると爆発した。性欲が高まると爆発した。要は爆発せずにはいられない体質であった。


爆発の身体には爆発器官があり、全身くまなく散らばっていた。時には四肢全て爆散することもあった。人と関わらなくなっても、寂しさが募るとまた爆発した。


爆発は自己治癒能力が高かった。高すぎた。爆発四散しても回復出来た。そのような人は他にいなかったので誰とも仲良くなれなかった。そうして寂しくなってまた爆発した。


年老いた爆発は爆発する元気もなくなったかに見えた。しかし彼の內部では爆発は起こり続けていた。外に出なくなった爆風は身体の中で吹き荒れ、治療不能の傷が増えていった。爆発は体内の爆音に耳を傾けながら飲む茶を好んだ。



百五十二人目 詩華


しいか、は詩の書かれた花を探す職に就いていた。野生の詩人が花びらに詩を書き込んだのを採取していく仕事であった。野生の詩人は美しい花の咲き誇る場所をねぐらとするとは限らず、街中や海の底にいることもあった。大きな花びらを持つ花を好むかといえばそうともいえず、百年に一度しか咲かない花にしか詩を記さない詩人もいた。


詩華の採取した詩を集めた詩集は生涯三冊出版され、そのどれもが多くの人の手に行き渡ることはなかった。私家版のそれらは一冊作るのに二十年かかった。発見した野生の詩人は百人を超えたが、そのほとんどは詩の採取から数年で亡くなっていた。



百五十三人目 野詩


やし、と読む。詩華が探し続けていた野生の詩人の内の一人である。前職は香具師であった。国中を周遊するうちに詩心に目覚め、家に帰ることを止めた。花畑でうつらうつらしている時に、先人の野生詩人に出会い、彼が花びらに書き付けた詩句に魅了される。先人につきまとい、時には愛し合い、死に別れ、自身の詩を記す旅を始めた。


風に吹かれて花びらが落ちれば消えてしまう詩だった。

無邪気な子どもにむしられて消えてしまう詩だった。

野生詩人の詩を採取する詩華に出会った際に、野詩はそれぞればらばらの花びらに記した三編の詩を提供した。これは詩華が野生の詩人から集めた詩のうち、一人あたりではもっとも多い。

一つは愛について。一つは死について。そして最後の一つは何だかよく分からないものについて書かれていた。詩華は三枚の花びらを野詩から受け取って熟読した後、最後の詩の意味について野詩に訊ねようとした。しかし既に野詩は視界から消え、後に土となったと聞いた。



百五十四人目 石鬼


赤鬼、青鬼の隣にいた影の薄い鬼は石鬼といった。名前は鬼であるが人であった。当然赤鬼も青鬼も人であった。石鬼は身体のところどころが石になっていた。赤鬼は顔が赤らんでいた。青鬼は身体の中で青い炎が燃えていた。


石鬼は石を投げつけられた箇所が石に変わっていたのだった。幼い頃から石を投げつけられることが多かった。血を流すことが多かった。片側の眼球が石になった。砕けた手首が石になった。失われたつま先が石になった。


石鬼は成長すると通常の人の数倍の膂力の持ち主となり、どのような石礫も弾き返せるはずだった。しかし石鬼は自らに向けられた投石を受け止め続け、やがて全身が石となり、身動きが取れなくなった。最後には石像となり、そのたくましさから信仰を集めた。



百五十五人目 瓶ゴロ


びんごろ、と読む。瓶を転がすことを生業とした。瓶には手紙や食料や現金や愛情や過去や未来やら何でも入れた。誰かに届けるため、またはただ転がして放置しておくために、瓶ゴロは瓶を転がした。


かつては瓶ゴロにも、明確に瓶を届けたい人がいた。瓶が届く前にその人が亡くなってからは、届ける人の顔が浮かばなくなった。瓶を開けるのは子どもが多かった。中身は捨てられることがほとんどだった。それらは、必死で訴えても聞き流される言葉に似ていた。


瓶ゴロは最後に自分を瓶の中に詰めようと考えていた。しかしそれには協力者が必要だったため、他人を求めた。百五十五人目に触れ合った相手も、瓶の中に入りたがった。先に亡くなった方が相手を瓶に詰めよう、と約束した二人は、長寿を全うして同時に息絶えたので、約束は果たされなかった。



入院費用にあてさせていただきます。