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千人伝(二百二十六人目〜二百三十人目)

※入院治療中のため、サポート絶賛受け付けています。

二百二十六人目 病院怪談

病院怪談は怪談を人に聞かせることで生計を立てている怪談師であった。ふとしたことから入院するはめになり、この機会に病院での怖い話を集めようと思い立った。

しかし看護婦に聞き取りをしても「ありません」「知りません」の一点張りで、めぼしい話は集まらなかった。病院怪談は看護師たちは何かを隠しているのに違いないと考え、夜中にこっそりと病室を抜け出して病棟内を探索することにした。地面を這うように移動して、様々なところに潜り込もうとした。

真夜中に起き出した松葉杖をついた老人が、妖怪のように這って移動する病院怪談と遭遇し、化け物と勘違いして松葉杖で打ち据えた。悲鳴を聞いて駆けつけた看護師たちは、病院怪談の手当てをしながら叱りつけた。
「さっきのおじいさん、ああやって既に三人殺してるんですよ」
病院怪談は退院するまでに看護師たちから「あの話は嘘ですからね」と何度も念を押された。


二百二十七人目 適当

適当の言動は全て適当であった。「俺も若い頃はね、若かったんだ」終始そんな調子であった。周囲からは照れ隠しやキャラ作りと思われていたが、彼は実際そのようにしか話せないのだった。

適当は長年テレビで身体を張った仕事を続けていたが、老年になりついに身体にガタが来た。全裸で公道を走って許される時代でもなくなっていた。適当は文筆一本で余生を過ごすことを決め、適当なことだけを書いた日記を記した。文章の中でなら、「身体を張ったギャグをする自分」を演じ続けることもできた。

適当が寝たきりになったことは伏せられた。適当の発表する文章の中では「今日は随分と寒いなと思ったら服を着てなかったよ。まあ家を出る前に気づいたからよかったけど。股間にホッカイロ一つ貼って出かけたらおまわりさんと仲良くなっちゃった」といった日常が綴られていた。

※高田純次「適当日記」を読みました。


二百二十八人目 背中

背中はローマ時代の哲学者セネカの読者であった。セネカの背中を追いかけているうちに、セネカそのものになるつもりが間違えて背中そのものになってしまった。身体の表も裏も背中であるから乳首は失われていた。頭も前も後ろも後頭部になってしまったから目鼻口は消えてしまった。

つまり背中はどのように歩こうとも後ろ向きに進むことになるのだった。未来は不確定であるから気にしても仕方がない、過去は確かに存在して変えられないのだから、そこから学んで現在を生きればいい、と背中はセネカのようにうそぶいた。口もないのに豪語した。

そのような生物が長く生きられるはずもなかったが、短い余生を背中は何にも追われずに充実して過ごした。

※セネカ「人生の短さについて」を読みました。

二百二十九人目 デジタルバレンタイン

かつての年賀状がSNSでの年始の挨拶に取って代わられたように、バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣も、実物を贈ることはなくなってしまった。皆思い思いのチョコレート゚型スタンプやらチョコレート風仮想通貨やらチョコレートを題材にしたショートショートを贈りあった。

デジタルバレンタインはそのようにして生まれた仮想生命体であり仮想チョコレートであった。高度AI学習機能により、デジタルバレンタインはあらゆるチョコレートを凌駕する品質を身に着けた。実体化すれば一口食べるだけでその美味しさゆえに人類が滅んでしまうほどのものになるはずだった。

しかしデジタルバレンタインは誰にも贈られることなく削除された。人類絶滅を憂慮されたからではなく、作者の少女の内気さゆえに。

しかし翌年メンタルとフィジカルを徹底的に鍛え上げた少女は「デジタルバレンタイン第二章」を引っ提げて帰ってきた。しかし相手に振られたので、彼女は腕力で人類絶滅に繰り出した。

※「毎週ショートショートnote」の企画に初参加した「デジタルバレンタイン」の別バージョン。

二百三十人目 ギャンブラー

ギャンブラーの一日は目覚める瞬間の賭けから始まった。全て夢だったと。自分の病気も入院も今後の不安も全て虚構だったと。しかし目を開ける前から病院内の音が聞こえ、転落防止用の柵に手が触れて、毎朝賭けに負けたことを知るのだった。

ギャンブラーの賭けは医師の言葉も対象となっていた。「ごめんなさい、誤診でした! 今日退院していいですよ!」そんな言葉を毎日彼は待ったが、医師がそのような言葉をかけてくることはなかった。

「今日はぐっすり眠れる」という賭けにも負け続けた。
「今日は何日ですか?」という看護師の問いかけに、いつしか彼は適当に答えるようになった。やんわりと訂正してくれる看護師に向けて「今日も負けか」と彼は呟いたが、相手に伝わるほどの声量ではなくなっていた。


入院費用にあてさせていただきます。