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「炎上キーボード 文化祭編」#シロクマ文芸部

※タイピング速度が速すぎてキーボードを燃え上がらせる作者が主人公の「炎上キーボード 改」の続編(もしくは前日譚)にあたります。

 文化祭が近付いているというのに、私と小松のいる文芸部では、何をする予定もない。我々二人を置いて退部していった、文芸部元部員及び元顧問が立ち上げた「文章部」の部室の前を通ると、賑やかな声が聞こえてくる。様々なコンクールを受賞した部員たちの活躍を並べたり、同人誌を作成したりしているのだろう。
「小松、我々はどうして学校に冷たくされているのだろう」
「退学勧告を受けているからだろう」
「たかだか部室を何度か燃やしただけでか?」
「授業に一切出ずに執筆活動しかしていないせいかもしれない」
 文化祭の開催日まで一週間を切っているにも関わらず、我々には発表場所も与えられず、スケジュールも伝えられていない。耐火構造を持つ部室を作ったのにも関わらず、鍛え上げすぎた筋肉のせいで、私と小松で物理的に崩壊させてしまった。警察には小松の父が手を回してくれているので、我々は捕まらずにいる。

 世界的な科学者であり巨大企業の社長でもある小松の父のサポートを受けて、文芸部は様々な試みを行っている。最近では厚さ一メートルの原稿用紙を使用しての執筆に挑戦してみた。筆圧が強すぎるためにあっさり突き破ってしまった。第一手書きでは時間がかかりすぎる。やはり爆発にも耐えられるくらい頑丈なキーボードが必要であるようだ。
「ステージに出よう」と小松が提案した。
「視聴覚室で軽音部や有志バンドがライブを行う。また、体育館では演劇部による劇が上演されるようだ。学校のHPに載っていた」
 学校側から敵視され、情報を遮断されてしまっている私たちだったが、そのような情報収集方法があったのかと関心した。さすが天才科学者の息子である。
「だが今から参加希望を出しても時間は与えられないだろう」
「出られるステージがないなら、作ればいい。幸い文化祭で運動場を使う予定はない。コンサートホールを建てる」

 小松は各方面に連絡を取り、翌日には工事が始まり、三日間で完璧な音響設備を整えたコンサートホールが完成した。
「またお前らか!」
 教師はすぐに決めつけて、工事のついでに新設した四代目となる文芸部の部室のドアを蹴りつける。私たちが何をしたっていうんだ。部室を三回燃やしたり壊したりしただけじゃないか。何の証拠もないのに私たちを責めるなんてひどいじゃないか。
「小松カンパニーとか小松重工とか書いてる重機が暴れ回ってるんだが!」
 雑音に集中を乱されている場合ではない。ステージに出る。場所も作った。では演目は? と小松のPCを覗くと「炎上キーボード」と題された台本を書いている最中だった。「筒井が即興で小説を書いていく様子を巨大モニターに映す。しかし彼のタイピング速度が速すぎるため、キーボードは数分も持たずに燃え上がる。そうして次々とキーボードを変えていき、キーボードの上げる火柱がホール内の雰囲気を幽玄なものとしていく。消防法に関しては、期間限定、地域限定の特例措置を申請済み」
 なるほど。普段やっていることをするだけでいいから、稽古の必要はないわけだ。
「おまえら、いい加減にしてくれよ……」扉を蹴る教師の声が弱々しくフェイドアウトしていく。我々の青春を邪魔する者はいなくなった。

 文化祭当日、舞台は整った。体調も万全に整えた。告知も行った。しかし観客は一人もいなかった。整然と並べられた客席の新品の椅子の上には、誰の尻も乗っていない。
「客がいない」と私は小松に声をかけた。しかし小松は動じていない。
「『荘子 逍遙遊篇』に『鵬』という巨大な鳥の話がある。鵬が遥か上空から見下ろした地上は、地上の者が空を見上げるのと同じように、どこまでも広がる青に見えたという」
「なるほど。無観客に見えるこの客席も、私たちと学校側との距離があまりに遠すぎるため、誰もいないように見えるだけで、実際には満席である、と言いたいのだな」
「その通り! ではライブを始めよう」

 私はキーボードに向かって情熱を叩きつけた。やはりステージ上では気合いが入るのか、筆が乗り、いつもより速くキーボードが燃え上がっていった。用意していた百個のキーボードは、掌編小説一本分を書き上げることすら耐えられなかった。完成したばかりのコンサートホールも全壊したが、小説執筆で鍛え上げられた私たちの身体は無傷であった。全壊直前に逃げ出したのか、見えないながらも客席を埋めていたはずの観客たちにも怪我はなかったようだ。我々は一度警察に連行されたがすぐに出た。少し前までコンサートホールであった塵芥は一晩で小松の父の会社が綺麗に片付けていた。

 文化祭の最優秀パフォーマンス賞は、私たち文芸部ではなく「文章部一同」に与えられた。演劇部が演じた劇の脚本、軽音部や有志バンドの演奏したオリジナル曲の作詞、ポスターの文面に至るまで、全て「文章部」の手によるものだったという。

「準備不足の急ごしらえだった感は否めない。来年はもっと時間をかけて練り上げていこう」
「来年なんてねーから!」教師の威圧する声に動じる私たちではない。
 学校側との距離はますます隔たっていく。学校だけではなく、社会全体との距離だってそうなのかもしれない。全てが空のように青く染まる日も近い。
「次は空を飛びながら執筆しようか」
「いいな、早速手配する」
 私たちの執筆意欲は、止まることがない。止められる者など、いやしない。

(了)

荘子「鵬」のエピソード


 空の高みにただよい行きながら,鵬は,動き行く春の白いかすみや舞い上がる塵埃の雲,生き物どもの吐き出す息を目にする。空の青は,その本来の色なのか,空が果てしなく遠くまで広がるためなのか,地上のものは空の青さと同じように見える。

荘子内篇第一 逍遙遊篇より

シロクマ文芸部の今回のお題「文化祭」に参加しました。



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