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「一編の掌編小説が生まれるまでの編集会議」#シロクマ文芸部

「りんご箱」閉館イベントとして始まったのは、プロの錚々たる面子などではなく、音楽活動を始めたばかりの、近隣の中高生たちだった。ライブハウス「りんご箱」はその名の通り、りんごを入れる木箱を模した外観をしており……

「カット」と司会進行役の私が言った。
「その後の流れを要約してください」と別の私が言った。
 私は簡単な起承転結メモを、会議室のホワイトボードに書き出した。

タイトル(仮):グッド・ヒューマンズ
登場人物:人間椅子のコピーバンドのメンバー、姉、弟、父。観客としての「私」
舞台:ライブハウス「りんご箱」の閉館イベント
起:語り手が「りんご箱」に立ち寄る
承:バンドのメンバーがまだ演奏力が拙いことを、ライブ開始前に説明する
転:合間のMCでバンド名の由来を説明する。「人間椅子→人間、いいっす」のダジャレから
結:

「結が書かれていないが」と機嫌の悪そうな私が言った。
「そこは書き始めてからの流れで決めようと思いまして」
「ダジャレを絡めて良いことになった例はこれまでありません」と、ノートPCを叩いている私が言う。

「実はもう七割方は書き終えてまして」と、進捗状況を私は説明する。
「ママ友さんに誘われて初めてライブハウスを見に来た観客の視点で書いています。バンドのメンバーは中学一年生の弟がギター&ボーカル、中学三年生の姉がベース&ボーカル、父親がドラムです。弾ける曲数が少ないためにMCが長くなるのですが、今年で活動歴36年になる人間椅子を引き合いに出して、『自分たちもそれくらい音楽活動を続ける頃には、間違いなくドラムはメンバー交代しているだろうけれど』と笑いを取ります」
「私にはそれは笑えないな」とギャグ審査担当の私が言う。

「語り手の女性は実は記憶を無くしたメンバーの母親で、『グッド・ヒューマンズ』の一生懸命な演奏を聴いて記憶を取り戻します」
「安易なお涙頂戴を狙うべきではない」安易なお涙頂戴を狙うべきではない係の私が言う。
 実は私もそこに疑問を感じて途中で筆が止まっていたのだ。
「でも、ママ友さんの息子とその友達のバンドは『シューゲイザー系のスーパーカーというバンドのコピー』をする、という設定は使えると思うのですが。
 会議室内が少しざわつく。
 しかし結論は変わらなかった。「ボツ」と司会進行役の私が告げた。

 自分内編集会議で私の持ち込み企画が通らなかったのは、今回二度目となる。一度目は「りんご箱」というお題を見た瞬間に思いついた、人間椅子の曲「りんごの泪」をセットリストに入れた、架空のライブレポだった。結成36年になる日本のハードロックバンド、人間椅子についてのポストをXで繰り返していたら、人間椅子のファン関連のフォロワーやおすすめポストが増えた。ライブツアーが始まると、ライブレポやセットリストが流れてきて、私も会場に足を運んでいる気分になった。どうせなら、新旧織り交ぜた、自分の好きな曲だけをやっている一日の架空ライブレポを書いてはどうだろう、というものだった。

 しかし「どんな曲が演奏されるか楽しみにしている人にとって、セットリスト公開自体がネタバレになると、揉めていたこともある。『これは創作です』と前置きしたところで、妄想レポ自体が炎上材料となる可能性もある」とコンプライアンス担当の私に却下されてしまった。

 次に用意したのが、人間椅子のコピーバンドをする少年少女とおっさんの話であった。しかし長いことライブハウスに足を運んでいない私が、臨場感のあるライブ会場を描写するには無理があった。「演奏力が追いつかないので演奏を簡素化したため、人間椅子の曲がパンク風になっている」という設定もまた、炎上要素がないとも言い切れなかった。

 作中で私が書きたかった台詞にも問題があった。
「僕らが人間椅子と同じくらいのキャリアを積む頃には、AIが今よりずっと進化していて、人間が作る音楽なんてもう必要じゃなくなっているかもしれません。それでも、昔、こんな人たちがいたなあ、AIもいいけど、人間も、良かったな、なんて思ってくれたら嬉しいな、という気持ちも『グッド・ヒューマンズ』というバンド名に込めています」
 ライブハウス閉館イベントで人間椅子のコピーをする中学生バンドが言う台詞としては不自然さを感じた。テーマがばらけると小説の魅力は半減する。ファンタジー小説の登場人物が、終盤に突如理想的な政治形態など語り始めたら興ざめしてしまわないだろうか。

 自分内編集会議が一発で通ることはほとんどない。最近ではお題「読む時間」の時に書いた「コードネーム『読書家』という殺し屋について書き残しておくこと」くらいだ。これもスムーズに行ったわけではない。
「読んだばかりの伊坂幸太郎の影響が強すぎる」と類似作品チェック係の私が言った。
 しかし編集長の私が「しかしそれを踏まえてもこの話は面白い」と決断し、執筆開始となった。

 自分内編集会議の合格ラインは「Bマイナス評価以上」である。
 作品評価基準にしているS~D評価を自作に当てはめている。

S:生涯のベスト本に入るくらい
A:その作家の本を全て読み漁りたくなるくらいに好き
B:何かしら良いところがある
C:読めた
D:途中で読むのをやめる

 それぞれに何となく「Aプラス」「Bマイナス」といった微差もつける。自作に対してSやA評価をつけることはできない。だがBとCの境目は何となく分かる。読めはしたけど特に残るものもなかった。という作品よりは、荒削りでも読者の心のどこかに何かが引っかかる作品の方が評価が高い。あくまで自己評価であり、他人がどう思うかは計算できない。自分内編集会議で一本の案を通すまでに、いくつかの案がボツになる。思いついた案をメモしていくうちに「これは書き上げてもC評価止まりだな」「この案は欠陥だらけで完成しない」「題名だけ」など。そういったボツ案が全て無駄ということもない。次の案に繋がり、一部使えるネタは残ったりもする。

「もういっそ、編集会議自体を書こうと思うのですが」と苦し紛れに私は提案した。
 いつの間にかりんご箱の形になっていた会議室内がざわめく。
「反則だ」と言い出した私が殴りかかってきたが、私は華麗に避け、私の背中を蹴り飛ばす。壁に突っ込んだ私に向けて、「そもそもルールなんてねえんだよ!」と荒ぶる私が追い打ちをかけている。いや、ないことはないだろ、盗作とかそういうの。
 殺気立ち始めた会議室内では銃器やナイフや万年筆を持ち出す者も現れる。しかし私を敵視する者と同じくらいの数、私の味方になってくれる私も現れた。血みどろの争いの上、私たちは勝利し、また私たちは敗北した。
「この会議自体を執筆する」と、争いの最中にボロボロになった衣服を、いっそ邪魔だと脱ぎ捨てて全裸になった編集長の私がそう宣言して、会議は終わった。私は一人の私に戻り、自分内会議室から出て現実へと戻る。

「りんご箱」閉館イベントとして……と、ボツ案の冒頭を会議室で説明する文章を書き始める。喉が乾いた。甘い物が食べたい。怪我の手当てをしなければ。服を着なければ。

(了)

シロクマ文芸部のお題「りんご箱」に参加しました。
自分内編集会議を通る案が出てこないので、いっそ会議自体を書いてみました。一回きりになる、はず。

作中に出てきた、伊坂幸太郎からの影響満杯の作品

↑を、いぬいゆうたさんに朗読していただきました。

そして人間椅子「りんごの泪」


入院費用にあてさせていただきます。