千人伝(四十六人目~五十人目)
四十六人目 図景
ずけい、は様々な図形のみで形作られた景色の中に住む。そのような景色の中に普通生物は住み着くことが出来ず、虫もプランクトンも霊もいない。四角と三角と六角形と平行四辺形と三十六角形と……。
図景はそれぞれの角から僅かにこぼれ落ちた角屑を糧にして命を繋いでいる。崩壊寸前の建物の中に偶然生まれるそうした景色の中で生まれ、育つというほど大きくなれないまま図景は息絶えた。時間にして二十秒ほどの命であったが、こうして書き留めておく。
四十七人目 灰衣奈
はいえなと読む。衣奈は物心つく前に母を亡くした。父が母の灰から作った服を衣奈に着せたので、以降衣奈は灰衣奈となった。大柄だった母は衣奈が一生着るのに困らないだけの服を作れる量の灰となった。
灰衣奈の衣装があまりに美しく評判になったため、灰衣奈の父に故人の灰を持ち寄ってくる者が後を絶たないようになった。ごく少量の灰でも引き伸ばせば一着は仕立てることが出来た。灰服と呼ばれるその衣装は「故人に抱きしめられているよう」と喜ばれたが、灰衣奈以外の人は、灰服を着ながら眠ると灰服に締め付けられて亡くなってしまった。
今は廃れてしまった灰服の由来は灰衣奈の母である。
四十八人目 旧国
旧国はこの国の昔の形である。国の機能も持つ人であったと言われている。遥か昔、国境線が今よりもっと柔軟であちこち動いていたのは、国が気まぐれに動ける足を持っていたからである。そのせいで秩序が保たれず、絶えず戦争が起こり、人や国の命は失われ続けた。
旧国はそんな国の中の一人であったが、自分たちが世界に混乱を招いていると悟り、自分以外の全ての国を叩き殺した後で、自らも命を断った。
以来戦争は二度と起こっていない、ということにはならなかった。国境線の移動は昔よりも少なくなった。
四十九人目 安藤
安藤は何もせずに過ごした。
食べることも、眠ることも、恋愛も、創作も、しなかった。
「どうして生きていられるのか」という問いには、
「みんなどうして何かしていなければ生きていられないのか」と返した。
あまり人には気付かれなかったが、呼吸もしていなかった。
それでも八十年生きた。
誰にも何も残さないまま生きた。
安藤を知る人は口を揃えてこう言う、といった逸話もなかった。
五十人目 不符
ふふ、は楽譜なしで何でも演奏することが出来た。楽器なしでも演奏することが出来た。聞いた音楽をそこら辺にある物で奏でるのだった。葉っぱや木々や食器や土や壁や。時には生き物も鳴らした。人の胸板は中に肺があるので、低音がよく響く。動物の亡骸から集めた様々な大きさの頭蓋骨は、そのままの形で笛となった。
不符の鳴らす音を音楽と認めようとしない人々も数多くいた。彼らを宥める方法として不符は彼らを鳴らした。鳴れば人々は自らを音楽と認めざるを得なくなるのである。
そうして不符は日々音楽を増やし続けた。その結果生まれた音楽の子孫は今もあらゆる所で鳴り続けている。
※とりあえず五十人達成。目標千人の五パーセント分となる。
このシリーズのトップ画像は全て、稲垣純也さんの写真を使わせていただいています。素晴らしいスナップ写真の数々を是非ご覧下さい。
入院費用にあてさせていただきます。