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Knock! Knock! Thailand

「DOOR to ASIA(以下DTA)」は、2015年に東北の三陸地方で始まった、国を超えた相互の信頼関係を大事にするデザイナーズ・イン・レジデンス。アジア各国のデザイナー達が一定期間、一つの地域に滞在し、その地域に眠っている可能性を一緒に見つけ、デザインを通じて事業者/コミュニティとの間に小さくても確かな、未来の「扉」を開くプログラムです。東北から日本各地、そしてアジアの地域での開催により、信頼の輪が少しずつ広がっています。
「コロナ禍におけるデザインの役割」をテーマに、アジア各国のドアをノックするオンラインイベントシリーズ「Knock! Knock! DOOR to ASIA Online」。

アジア10カ国のデザイナーたちがオンライン上で集う

「そっちはどう?」「セブ島ではまたロックダウンが延長された。もう3週間外出してないよ。ほら、髪も伸び放題」
新型コロナウィルスが世界を席巻した2020年夏。アジア各国のデザイナーたちが15人ほどオンラインで集まり、近況報告を行いました。インド、台湾、マレーシア、タイ、シンガポール……東アジアを中心に、多いときには10カ国から参加。政府によるコロナ対策がいち早く奏功した台湾ではもう飲食店がオープンして普通の生活が戻りつつあること(当時)や、映画「聖者の食卓」にも取り上げられたインドの寺院では対策しながら炊き出しが続けられていること……ニュースで見聞きするのとは少し違い、生活者視点でのリアルな情報が行き交います。
「体に気をつけてね」「グッドラック」と、お互いを思いやる言葉が交わされてお開き。1時間半の予定が、2時間、2時間半と続くこともありました。

集まっていたのは、これまで19回にわたり国内外で行われてきたデザイナーズ・イン・レジデンスプログラムDOOR to ASIA(以下「DTA」)の過去の参加者たち。2015年、震災後の東北から小さく始まったDTAは、2021年現在、22カ国・96人のデザイナーのネットワークに発展しました。一箇所に集まって時間を共有することで互いに触発しあい、うねるような熱量が生まれていたプログラムですが、コロナウィルスの出現によって国境を越えての移動やリアルで大人数が集まることが難しくなってしまいました。事務局メンバーからの呼びかけがきっかけでオンラインで集まるようになったのでした。

近況報告を重ねていくうち、メンバーたちの間で共通の問いが浮かび上がってきました。
「パンデミックで身の回りにどんな問題が出てきている?」
「それに対してデザイナーとして何ができる?」

ロックダウン下で外出できず、もう何週間も家に閉じこもっている仲間も、コロナ禍に負けじと精力的に市民活動を展開している仲間も、歩みを止めず、それぞれの持ち場で奮闘しています。規模も土俵も十人十色。だからこそ、それぞれの実践をシェアすることで互いに学び合えるのではないか。そんな思いから、2021年6月、オンラインのイベントシリーズを始めました。
“Knock! Knock! DOOR to ASIA Online”と題し、1ヶ月に1度、「コロナ禍におけるデザインの役割」をテーマに、アジアのある国のドアをノックします。初回はタイ。バンコクでSATARANAという市民ネットワークを牽引するグラフィックデザイナーのテチットと、元SEで起業家のサノンが活動について話してくれました。
トークイベントはこちらからご覧ください。


バンコクを拠点に活動する市民団体SATARANA

SATARANA https://www.satarana.com/

「私たちがタイ語で「公共」を意味するSATARANAを立ち上げたのは2016年のこと。スクラップ&ビルドが激しいバンコクの旧市街で、文化遺産マハカン砦内に住む約50世帯が再開発のため立ち退きを命じられたことがきっかけでした。より住民を中心にした都市開発を、と2年をかけて政府に交渉する中で、徐々に仲間を増やしてきました。以来、#becauseitsourcity(#自分たちの街だから)をモットーに掲げ、性急な都市開発によって余儀なくされる旧来のコミュニティの消失や分断、経済格差、地域を消費する観光など、バンコクという大都市が直面するさまざまな課題にクリエイティブな方法で取り組んでいます。

SATARANAクリエイティブチームが手がけたグラフィック。若い感性が光る

現在50~60人いるスタッフの大部分が20代〜30代前半。デザイナー、ライター、ニュースキャスター、研究者など、さまざまなスキルを持った精鋭スタッフが自分たちの街をより良くするためにコミットし続けています。数人の仲間たちで創設した2016年から5年のうちに、枠にとらわれない発想とスピード感で、地元住民だけでなく、教育機関、バンコク政府からも信頼され、協働する存在に成長しました。
リサーチや政策提言を行うSATARANA Lab、地方政府と組んで公共交通機関に関するプロジェクトをメインに行うSATARANA Lead、観光・住環境に関するプロジェクトを担うSATARANA Lifeと3つのユニットに分かれており、今回はコロナウィルスの影響をモロに受けたというSATARANA Lifeについて話をします。

世界最大の観光都市バンコクで新たなサービスを立ち上げる

SATARANA Lifeはバンコク旧市街に2つのゲストハウスを経営しています。そのうちのひとつ、Once Again Hostelはオープンから5年でバンコクに2000以上あるゲストハウスのトップ3にランクインする人気ぶり。伝統音楽のミュージシャンを招いてライブを行ったり、ランドリーサービスは地元の洗濯屋に依頼したりと、経営が続くことで地元が潤っていく仕組みです。
併設するカフェでは地方の生産者と大都市の消費者を結ぶ取り組みを行っています。生産者の元を訪ねるツアーや、シェフと協力してレシピ開発、伝統食材を使った料理教室やフードホッピングなどのイベント企画・運営、コミュニケーションツールであるメニューのデザインなど、文字通り生産者と消費者の架け橋となっています。

順調に経営を続けてきましたが、バンコクでは2020年3月にコロナウィルスが本格化。海外からの観光客が激減しました。SATARANAではその前月に新たに20人を雇用してしまい、人材が余剰になる事態に直面します。しかし、新たに加わったスタッフが、小さな飲食店の苦境に着目。50以上の飲食店にヒアリングし、新しいサービスを立ち上げました。小さな飲食店を支援するためのオンラインプラットフォームLocall(ローカル)です。
Locall (Facebook公式アカウント)  https://www.facebook.com/LocallThailand

Locall Facebookページより

行政を巻き込むビッグプロジェクトも自分の家の軒先からスタート

Locallを使い、オンラインでデリバリーの注文ができるだけでなく、SNSを駆使してお店やメニューの紹介も行います。この危機で小さなレストランがどう生き残るか、識者を招いて考えるPodcastやライブ配信を定期的に行い、配信中に寄付を募るなど、情報発信もファンディングも臨機応変に行っています。
「Locallの立ち上げはSATARANAらしいケース」とTechit。つまり、スタッフ自身が「いつもスナックを買っている屋台が潰れたら困る」というところからスタートしているのです。そこからチームが組まれ、50以上の飲食店にヒアリングし、サービスの骨組みを考え、ビジュアルを作成し……コーディング、データ分析、動画作成もすべて自前。発案からローンチまでに要した時間はたったの7日間(!)というから、驚異の機動力です。

SATARANAが初期に手がけた一大プロジェクトのひとつにバスのサイン計画のリニューアルがあります。バンコクで複雑を極める路線バス、それを少しでも分かりやすくしようと、SATARANAスタッフのひとりが玄関に貼っていた自作のサイネージを外に貼り出したところから始まりました。結果的に、地域住民や行政、CEA(Createive Economy Agency)、グラフィックデザイン協会などを巻き込んで、公的なプロジェクトとして実行され、500個のバス停をリニューアルすることに。タイではこういうやり方がうまく行きます。
家の軒先から始まるプロジェクト。このエピソードから学ぶものは多かったです。

SATARANAが手がけた路線バスのサイン計画

すべて「わたしが困るから」からスタート

SATARANAは、コロナ以前から一貫して、「自分ごと」としてすべてをスタートしていること。自分→コミュニティ→街→世界と地続きにつながっている実感を持って、SATARANAのタグライン#Becauseitsourcityをシェアする仲間たちが、柔軟に有機的に、そのときに必要なサービスを作っていく。それが、SATRANA強みです。」 (テチット、サノン)

SATARANAのウェブサイトより


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