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短編小説「自販機とおしるこ music mix」

 今、目の前に自動販売機がある。

 夜、道の途中にある、長方形のデカい図体。やけに眩しい光は、目の前の田園風景と共に僕と虫を照らしている。

 僕がどうしてここに立っているのか、単純にコーンスープが飲みたかったから。ただ、それだけ。なら、さっさと買えばいいじゃないかと思うだろうが、どうも小銭を入れる手が引ける。手の中に100円と50円をチャリチャリ言わせている。

 と言うのも、今日の昼間、同僚が職場にて、ウキウキとした顔で帰ってきて、こう言うのだ。

 「ちょっ、ちょっ、見てください、これ。お汁粉。」

 何もわかっていない顔を見せる僕を、無視して、同僚はウキウキが止まる事なく、お汁粉を飲む。

 「え、何?」

 飲み干した缶の音を高らかに、僕と社内に響かせる。

 「いや、本当は缶コーヒー買おうと思ったんですよ。それもブラック。なのに、出てきたのお汁粉で「え、本当にこんなことあるだぁ。」って、なんか嬉しくなりませんか?」

 この同僚の話に対して、全く共感はできなかった。もちろんだ。その後、同僚は他の同僚にも、そのお汁粉自慢の話を聞かせに行く。その記憶を思い出しながら僕は自動販売機の前で躊躇してしまっているのだ。

 もし、コーンスープではなくお汁粉だったらどうしよう。


(突然ですが、ここで素晴らしい音楽をお聴きください。)
 電気グルーヴ『FLASHBACK DISCO』


 そんな考えが自動販売機の前で頭を抱えさせる。自動販売機の前で小銭片手に頭を抱えている姿なんて見てられるもんじゃない。しかも、パジャマだ。それでいて、酒を飲んでいるせいか顔も赤い。こんなやつ、まさに滑稽だ。

 ああ、こんなもの躊躇せずに買えばいい。そう買えばいいんだ。

 そう思ったんだ、当然。でも、ふと、違う飲み物を見た時、僕はびっくりした。

 『水炊きスープ』

 水炊きスープ!?そんなものがあるなら早く言ってくれ。

 そんな事を言っている場合ではない、もしかすると、コーンスープを押すと、水炊きスープが出る可能性が出てきた。
 
 いやいや、困ってしまった。新しい可能性が出てきてしまうほどの恐怖は他にない。新しいものが出てくると、さらにまた新しいものが出てくるではないか!

 それ見ろ。隣には『カニ鍋スープ』があるぞ。こんなものが間違って出た日には、俺は狂ってしまうだろう。
 
 ブラックコーヒーやココアならまだいい。ショックが少ない。エナジードリンクはちょっと心臓に悪いな。でも、このコーンスープから別のスープが出るなんて怖くて仕方がない。他にもミネストローネ、オニオンスープなんてものがある。

 なぜ僕はこんなにも間違ったものが出るのが怖いのだろうか?わからない。ただ、この取り出し口から別のものが出るという事、そのものが怖いのか・・・。

 いや、もしかすると、全く関係ないものが出るという事を楽しみにしているのかもしれない。

 ケーキが出たらどうする?、おでんが出たらどうする? 

 ここら辺のものは、かつて、自動販売機では売ってなかったものだ。だがしかし、今はどうだろうか?ケーキだってあるし、おでんなんか定番だ。

 もっと、違うもの・・・もっと、見た事ないものが出てしまうのではないのか?自分自身がそれに対して、ウキウキしていて、だからこそ、何か見た事ない間違ったものが出てくることに恐怖しているのかもしれない。

 いやでも、僕はコーンスープが飲みたい。酒を飲んだ後の体にこれを入れたい。水炊き、カニ鍋スープ、じゃだめだ。だって雑炊仕立てって書いてある。

 でも、お汁粉が出たらどうする。だって、お汁粉がこの自販機にはない。

 頭では拒絶しているのに、手は徐々に、150円を投入口に入れようとしている。

 その時、車が背後を通り過ぎた。通り過ぎる風が、僕の頭を一瞬、無にさせた。

 僕の手の先から、チャリンチャリンという音が鳴り、僕はコーンスープを押していた。

 ガタンゴトンとやや重たい缶が落ちる音が鳴り響いた。
 この取り出し口に缶がある。確かに缶がある。おそらく、コーンスープだ。だけど、コーンスープではない可能性もある。水炊きかもしれないし、カニ鍋スープ、ミネストローネ、オニオンスープかもしれない。缶コーヒーかもしれない。

 もしかすると、お汁粉かもしれない。

 僕は、恐る恐る取り出し口に手を入れる。

 手のひらには、熱いものを感じる。コーンスープの可能性が高くなった!中で少し振ってみる。チャポチャポ言っている。何か内容物が入っているような液体感。これがコーンなのか、はたまた雑炊なのか、全く異なる謎の物体なのか。

 この手を引っ張り出すまでは、この缶が一体なんなのかわからない。
 僕は思い切って、取り出すことにする。心の中でカウントダウンを始める。

 3・・・2・・・1・・・

 勢いよく引っ張り出した僕の手は、まるで黄金の宝物を手にしたような達成感とミステリー感が同時に体の中をドバドバと満たした。

 手にある温かい缶を見る。

 『白湯』

 白湯だ。

 何度も見る。白湯だ。ああ、白湯か・・・。白湯?缶で白湯?何か入っている感じがしたんだけど・・・。まあ、液体だし、勘違いしたのか・・・。

 ああ、白湯か・・・。缶で・・・白湯?

 僕は温かい白湯を片手に、また、頭を抱え、うずくまってしまった。なんだか明日、世界が終わってしまうんじゃないかと、そんな気分だ。


(まあ、エンディングテーマみたいな感じで聞いてください。)
dinosaur jr 『the wagon』


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