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足元から繋がった先に。

 足元に、小さなボールがある。僕が遊びに遊んだ、くたびれたボール。つま先で転がしてみる。特に何があるわけでもないし、くたびれたボールはくたびれたボールだ。ゲームの方が面白いや。そう思うのに、なぜか目に入る。ふと、お母さんに呼ばれると、ボールのことなんか忘れて、僕はお母さんまで走る。


 足元には、純白なスニーカーが輝いている。僕はピンと張った半ズボンを履いてる。今、歩くコンクリートの道のりが大変で、その大変さが冒険を妄想させる。ツヤツヤの傘の取っ手に巻き付いているフィルムを、少しずつめくってみたり、剣のように振り回したり。やがて、僕と同じような足元の持ち主が何人もやってくる。仲間が揃った。僕は今、どこまでも行けそうな気がする。


 足元は、少しくたびれたスニーカーを纏っている。あの時の輝いていたスニーカーから、もう何足変わっただろうか。でも、輝いていたと感じたのはあの時限りかも知れない。みんな同じ黒い制服を着ている。なのに、それぞれの個性を表したかのように、様々なスニーカーを履いている。友達はカッコいいスニーカーを自慢してきたり、僕は、あえてくたびれたものを履いてみたりする。でも、内履きが足元に集まれば、妙に失われた輝きを通り越して、どこか狂気じみているようにも感じた。僕は踵を踏んでいた。


 足元には、彼女の可愛らしい足がある。足先まで、可愛くしてきた努力が見受けられた。僕はなんだか緊張して足がまごついていた。初めての経験は、足の先まで汗をかいているのが良く分かる。きっと、臭くなるんだろうなと思いつつも、何とか落ち着かせる。落ち着いてきた頃合いに、丁度いい塩梅の優しい冷風が、僕のジーンズを撫でる。彼女のスカートが波打つ。明るいポップなギターサウンドが脳内に鳴り響く。彼女のスカートから見えるふくらはぎは、暖かい春の陽気な色と、ふんわり加減が、足元の空気を虹色にさせた。


 洒落気づいた革靴も、コンクリートも全部くすんでいる。当然そこに、あの可愛らしい足はもうない。辺りの色もだんだんと紫になり、夜が僕に引きずる混むように訪れる。何度も、彼女の足の残像がコンクリートから蘇る。でも、そこにあるのは、砂利と、オイルの切れたライター、潰れた缶に死んだカエル。残酷なまでに現実がコンクリートに広がっている。自分自身の足元も、全てくたびれているようにも見えた。僕は、誰かの吸い殻を踏みつけた。


 高そうな革靴は、その凶暴さの通りのリズムを刻んでいる。そこに込められた怒りの振動が僕の足元に伝わる。この状況にどうにもできない自分は、足元は固まっている。ボロボロのジーンズと、あの時以上にくたびれた、そこには冗談のない汚れ加減のスニーカーが小刻みに震えていた。自分の財布が地面に広がる。何も出てこない財布は、ゴミ同然だった。あの時見た、死んだカエルを思い出した。僕もいつか、ああやって死ぬのだろうか。どのスニーカーよりも、財布よりも、カエルよりも、汚れて、くたびれた僕は、死んだカエルみたいに孤独に死ぬことさえも許されないのかも知れない。


 足元に、朝日が照らす。汚れが染み付いた裾先と、汗と汚れが刻み込まれたスニーカーが目立つ。立ってるのもやっとだ。一歩踏み込むだけでもふらつく。それでも、自分の意志で支える。朝日だけが、宇宙から地球を照らし、僕を見ている。真っ暗な宇宙でも、太陽と海のおかげで青く澄み切ってる。その間で僕は立ってる。足元を見るとしっかり立っている。ふと、どこからか、使い古されたくたびれたボールがスニーカーに触れる。つま先で少し転がす。まだ、この足元の景色も低く、小さかった頃を思い出した。あのボール。なぜか目に入ってきたのがわかった気がした。多分、明日も生きるんだろうなと思い、歩き出す。やがで、そのボールのことなんか忘れた。

 

 

 

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