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【恐怖短編】 謝罪会見

 テレビをつけると、昼のニュースバラエティが放送されている。 
 スタジオにいる司会者が、前方にあるらしいモニタを確認しつつこう言っているのが映る。
「えー、会見ですが……そろそろでしょうか……。彼は会見で、一体何を語るのか……」
 画面の右上には「三田雄季 会見 緊急生中継 何を語る」と字幕が出ている。
 右下には別の画面が開いており、記者会見場が映り込んでいる。
 レポーターや記者らしい後頭部がいくつも並んでいる。奥のテーブル上には無数のマイクが据え付けられ、その後ろの硬い椅子には、まだ誰も座っていない。

 司会者が「これあの~、皆さんね、彼、何を言うと思います?」と話を振ると、そばに並んだコメンテーターが口々に言う。
「内容はともかく、まずね、丁寧に謝罪しなきゃいかんと思いますね」
「そうですよねぇ、まずは謝らないといけませんよ」
「これだけのことになったわけですから」
 その最中に、右下の画面に変化がある。フラッシュが光り、カメラが中央から右へとゆっくり動く。
 司会者が言う。
「あっ、三田雄季さんが来ましたね……それでは……」 
 それでは、という言葉のタイミングで、テレビ画面全体が記者会見場に切り替わる。右上の「緊急生中継」の字幕はそのままだ。
 加えて左上に、「カメラの点滅にご注意ください」の文字が出現する。
 まだどこか幼さの残る整った容姿の青年が、緊張した面持ちで部屋に入ってきて、マイクの前まで歩いてくるまでをカメラは追う。着慣れていないらしいスーツ姿の動きがぎこちない。
 彼は正面を向いて、軽く一礼する──




 
「えー、この度は、世間の皆様にご迷惑と、大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
 三田雄季は深々と腰を曲げて、頭を下げた。カメラのレンズが開いては閉じる音で、画面がいっぱいになる。


 たっぷり10秒間そのままの姿勢でいてから、おもむろに頭を上げる。
「今回の一連の出来事に関しましては、まったく、私自身の、不徳の致すところです」
 そこまで言って、唇を真一文字に結んだ。いかにも無念といった表情ではあるが、いささか芝居ががっても見えた。
「その……本当に、お詫びのしようもありません。私の認識不足が招いたことで、事の重要性を把握できていませんでした」 
 そこでまた、唇を結んだ。画面の中でパチパチというキーボードを打つ音がはじけている。そして彼は、
「本当に、申し訳ありませんでした」
 また深く、頭を下げるのだった。


 三田が失礼します、と添えてから椅子に座る。カメラが彼の上半身にズームした直後だった。
「あのー、あのですねぇ、三田さん?」
 女性の声が聞こえた。マイク越しでない生の声だ。会場にいるレポーターらしい。
 司会者らしき男性と着席した三田との「ではあの、もう質問でよろしいですか」「はい、結構です。お願いします」というやり取りがあった。
 女性レポーターが改めて、会場用のマイクを受け取ったようだった。
「TVNのアイダです」
 彼女の姿は見えず、声しか響いてこない。
「あのぅ三田さんねぇ、厳しいことを言いますとね、これ、謝罪して終わり、という問題じゃあないんですよ?」
 ねちっこい言い回しで、レポーターのアイダは続けた。
「これ違法ではないですけど、いわばほぼ違法、みたいなことですからね? 迷惑や不快な思いを被った人も含めれば、これはね、大変なことですよ? もう事件と言ってもいいくらいですよ?」
「はい、はい」
 眉の間に皺を寄せて、三田は頷く。
「それをね、こんなお昼の会見で謝って、終わらせようなんていうのはね」 
「いえ、すいません、それは違います」
 三田が彼女の言葉を止めた。
「できうる限り個別に、今後きちんと、直接の謝罪と報告をさせていただくつもりです」
「ええっ? 『つもり』なんですか?」アイダの口調にわざとらしい怒気が混ざる。
「いえ、失礼しました。必ず、させていただきます」
 三田がつらそうな顔をするたびに、カメラのフラッシュが瞬く。左上の「カメラの点滅にご注意ください」の文字列が一回り大きくなった。
「その他には? つまり補償ですとかは?」
「はい、そちらももちろん、まだ具体的なものではありませんが、事務所などとも話し合った上で」
「動きが遅いんじゃないですか?」
「はい、すいません。申し訳ないです。けど必ず、やっていきますので……」
「…………はいっ、わかりました」アイダの口調は途中から最後まで横柄なものだった。「私からは質問、以上です」


 ごそごそとマイクが、人づたいに手渡されていく音がした。それが止むと、今度は中年の男の声がした。
「東都スポーツのウエダです」
 鋭いトーンの声だ。 
「あの三田さんね、これ、これ見えますか? はいこれ。見出しだけでも見えますか?」
 画面が引いて、ほんの少し右へと動く。ウエダらしき人物が持つ紙が端にちらりと映ると、カメラは動きをやめる。
 三田は困惑した様子ながら、目を細めてウエダがいるとおぼしき方を見やった。
「……はい、はい、見えます」
「英字新聞なんですが、読めますか? この英語の見出し」
「あの……英語は読めなくて……」 
「読めないの? じゃあボクが読みますけどね?」ウエダの語りぶりはどこか得意気に聞こえる。
「これ今朝の『ロス・アンジェルス・ニューズ』、アメリカの新聞のコピー。ここにね、あなたのこの一件が出てるんですよ。ね?」 
 三田は衝撃を受けた様子で、相づちも打てずに渋い顔で首を縦に振るばかりだ。
 目元に小さく光るものがあった。涙なのかフラッシュが眩しいせいなのかはわからない。その潤みを狙ってさらに、フラッシュがバシバシと焚かれる。
「あのねぇ、かいつまんで読むと、ミタは大変なアクト、つまり、言動でもって、ジャパンはもとより世界にショックを与えている、ベリー、ショッキング、と、こう書いてあるの。ね?」
 教師が小学生を叱るような調子だ。カメラの端でコピー紙が三田の方へ突き出される。
「三田さんね、今回のこれ、国際問題になりかけてるんですよ。これほんっとうに大変なこと! 私の知り合いの外国人もみんなたいへん驚いてますよ!」
「すいません、あの、その記事は僕……私は、目を通してないもので……」
「あのねぇ」ウエダの口調が熱を帯び、紙がばさばさ上下した。「読んでなくても書いてあるんですよ! 日本人もみんなショックだし、外国人もみんなショック!」
「……本当に、大変申し訳ないと思っています」
 三田の目元に、カメラの点滅のせいではない涙の粒が大きく光った。テレビ画面が彼の顔を大きく捉える。目が赤くなり鼻の穴が広がっている。声を震わせながら、三田は謝罪の言葉を重ねた。 
「今ここで、これ以上、どのようにお詫びをしていいのか、その、僕……自分には、わからなくて……」
「ええ、じゃあもうわかりました。それだけね、外国でも騒ぎになってる、ってことをお伝えしたかったんでね。はい、はい、以上です」 
 ウエダの追求と弾劾はあっさりと終わった。テレビカメラは目を伏せ、鼻を幾度もすする三田を捉える。


 マイクが移動する音が響いてから、「日読新聞のオカダです」と静かな男の声がした。
「三田さん、今さっきなんですけれども、日本政府に各国から、この件について抗議の通達が来たそうです」
 ざわっ、と会場が色めきたった。三田は何か言おうとして口を開いたが、言葉はひとつも出てこず、すぐに固く閉じられた。
 オカダの口調はあくまでも冷静で、その分重苦しさと圧力を感じる。
「今このパソコンに速報で来たんですが、まだ全部のリストはわかりません。ざっと見ても、アメリカ、中国、韓国、ロシア、イギリス、フランス……」
 リストを読み上げられているうちに、三田の目から一滴、涙がこぼれた。その涙に吸い寄せられるようにフラッシュが瞬き、画面がほとんど真っ白になってしまった。
 オカダの諭すような言葉は続く。
「それから日本政府、官房長官も先ほど、今回の三田さんのことについて、憂慮するとの発言をしたそうです」
 その真っ白な画面の上部に「ニュース速報」の文字が浮かび、耳に障る速報音が鳴る。それから、


 官房長官 三田雄季氏の一連の件について 「極めて遺憾」と表明 


 という文章がくっきりと浮かび上がる。

「あの」
 三田雄季の顔が、まばゆい閃光の中で硬直している。
「本当にすいません、僕は、一体、どうすれば」





 ──ここまで観て、あなたはテレビを消す。

 画面があまりにも眩しかったし、追求する記者たちの態度も厳しいので、さすがに嫌になったのだ。
 しかし何よりストレスを感じたことがある。
 あの三田雄季という人が何をしでかして、何故あんなに謝っているのか、さっぱりわからなかったのだ。
 ついでに言えば、彼がどういう人間なのかも知らない。
 整った顔立ちからは俳優のようにも思えたけれど、歌手やアイドルのようでもある。青年実業家と言われればそうにも見えたし、若き社長や議員と言われたらそうかもしれない、とも感じる。あるいはお笑い芸人の可能性だってある。
 手元のスマホでSNSを開いてみる。示し合わせたようにみんな、この会見についての意見を書き込んでいる。

「三田さん可哀想」「そんなに騒ぐほどのことでは」「政府が出てくる必要ある?」「いやでも、仕方ないよ」「あんなことやらかしたんならさ」「ロスニュースなんて向こうのゴシップ新聞だぞ」「あの記者マジで感じ悪い」「どこの新聞社?」「マスコミと世間の集団リンチだろ」「そもそも一部の人間が騒いだせいで」「三田は叩かれて当然のことをしたでしょ?」

 あなたはその中にぽつんと、このような書き込みを見つける。

「ねぇ、そもそも三田さんって誰で、何をしちゃったの?」

 それには、一件の返信もついていなかった。


 あなたは三田雄季についてさらに検索することもできるが、面倒になってやめてしまう。
 こういうことが最近増えてきたような気がするな、とあなたは思う。
 人が怒ったり嘆いたりしているけれど、具体的にどんなことに、どんな出来事に、どんな人物に対して感情をあらわにしているのかよくわからない、そんなことが。

 あなたはやがて別の話題を見つけ、そっちに気をとられ、三田雄季という知らない人間や、判然としなかった会見のことなどは忘れてしまう。

 これは特に、悲しむべきことではない。
 世の中は結局のところ、今も昔も、そのように回っている。






【終】




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