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現在につながる徴用工問題を解明

木村嘉代子『朝鮮人「徴用工」問題を解きほぐす
――室蘭・日本製鉄輪西製鉄所における外国人労働者「移入」失敗』
(この記事は、解放出版社の月刊誌「部落解放」2022年10月号に掲載されました)

5月、韓国では尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が就任した。その際、岸田文雄首相は日韓の間には「難しい問題」が存在していて、「このまま放置することはできない」と東京で記者に語った。そのひとつが、戦時中に日本に動員された朝鮮人労働者―いわゆる「徴用工(ちょうようこう)」―の問題だ。
「このまま放置することはできない」というのは、ジャーナリスト木村(きむら)嘉代子(かよこ)の書『朝鮮人「徴用工」問題を解きほぐす』(寿郎社(じゅろうしゃ))の読後感でもある。ただし、「放置」の対象はまったく異なる。
2018年10月、徴用工訴訟において、韓国最高裁が日本製鉄に対して賠償を命じた。しかし、日本政府は1965年の日韓請求権協定で解決済みと主張、判決は国際法違反だという。
それ以降、日本では、政治家と彼らの主張を繰り返し報じるメディアにより、徴用工問題は日韓関係を悪化させる一因と見なされている。
しかし、当時の安倍晋三政権もメディアも、そもそも、なぜ朝鮮人労働者が戦時に北海道など国内各地にいたのか、どのような状況のもとで働いていたのか、なぜ訴訟に至ったのかなどの背景をまったく説明していない。
そんななか、本書では、まさにそのタイトルの通り、歴史家の書や当時のさまざまな資料を調べ上げ、労働問題としての徴用工を解明していく。さらに、木村は北海道の遺骨発掘作業や遺骨返還に伴う韓国ソウルでの合同葬儀も取材した。
また、本書は徴用工問題が現在国内で深刻化している外国人労働者問題につながっていることも指摘している。
「日本における外国人労働者雇用の失敗は、80年以上前に行われた朝鮮人労働者『移入』の失敗に始まり、いまに至っている」と木村は言う。
ジャーナリズムがニュースと異なる点は、時間をかけて多様な視点から全体像を提供することだと言われているが、本書はその典型となっている。
木村は、2008年、室蘭の寺に企業が預けていた3体の遺骨が韓国へ返還された時に、徴用工に関して知る。その3人(当時10代の少年たち)が働いていたのは、日本製鉄輪西(わにし)製鉄所(現・日本製鉄北日本製鉄所室蘭地区)だった。2018年に韓国最高裁が賠償を命じた日本製鉄だ。
朝鮮人労働者が動員されたのは、日本の労働者不足を補うためだったと本書は説明している。戦局が激化すると、軍隊に召集される人数も急増、それにつれて、製鉄各作業所における朝鮮人労働者の割合が高くなっていく。
しかし、外国人を集団で雇ったことなどない日本企業には、言語や文化の異なる民族を受け入れる体制はまったく整っていなかったという。
本書によると、日本人労働者も厳しく管理統制されていた戦時下で、政府から軍需品の生産増強が命じられ、朝鮮人は長時間労働、過重労働が当たり前の劣悪な環境に置かれていた。また、労務管理がずさんだったこともあり、朝鮮人労働者の逃亡や契約の更新拒否は増加していったという。
「日本は国策として、戦時に朝鮮人労働者を動員しましたが、敗戦でその責任を放棄し」、未払い金も日本で亡くなった人々の遺骨もそのままだと訴える。
本書には、ナチス政権とかかわりのあったダイムラーベンツなどのドイツ企業が過去のナチスへの協力や強制労働とどのように向き合っているかということも説明されていて興味深い。
一方、日本製鉄北日本製鉄所の自社サイトでは、1909年創業と書かれているにもかかわらず、歴史の記述は戦後の1950年から始まっている。
政治家とメディアが徴用工問題で大騒ぎしているころ、外国人技能実習生に対する実習実施機関の不正行為が明らかになる。
「戦争と植民地主義によって動員された朝鮮人『徴用工』に対する不正行為は〝解決済み〟どころか、いまも別の形で繰り返されている」と木村は言う。
「朝鮮人労働者の強制労働が働く人の権利の侵害としてほとんど議論されないのは、戦後そして高度経済成長期から、過労死やパワハラが社会問題になっている現在まで、日本人の働き方もまた、人権を顧みられないままだったからかもしれません」と筆者に告げた。
本書は、徴用工問題とその背景の理解を深めると同時に、日本人を含めた労働者の人権問題、個人の尊厳を再考する機会を与えている。 (敬称略)
 

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