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ぼうしのおじさん 【ショートショート6】

「おにいちゃん、はやくこうえんいこー!」

僕は普通の高校2年生。毎週日曜日の午前は、4歳になったばかりの妹を連れて公園に行くのが家のきまり。今日も妹は僕を急かしてくる。

毎週公園に行くうちに、僕たちには歳の離れた友達ができた。

「あ!ぼうしのおじさん!」

妹が「ぼうしのおじさん」と名付けたこの男性は、僕たちが公園に行くといつも会う。

「今日も元気だね。今日は風船を持ってきたよ。」

「わーい!ふうせん!」

ぼうしのおじさんはとても優しくて、いつも妹の相手をしてくれる。だけど、ひとつだけ気になることがある。


ぼうしのおじさんは、帽子なんてかぶっていないのだ。


「おじさん、きょうはぼうしとってくれる?」

「何を言ってるんだい、今日も私は帽子なんてかぶってないよ。」

おじさんがそう言うと、妹はムスッとした顔をしてすべり台の方へ走っていった。

「子どもには、大人に見えないものが見えるってよく言うだろ?君の妹には、何か見えているのかもしれないね。たとえば、帽子の霊が私に取り憑いている、とか。」

「怖いこと言わないでください。きっと髪の色が珍しいんだと思います。」

ぼうしのおじさんは、歳のせいか髪のほとんどが白髪だった。祖父母は妹が物心つく前に他界、父も母もまだ髪が黒いので、おそらく白髪が珍しかったんだろう。

「子どもっていうのは、ときに大人より物知りになる。正直な心を持っているから、あらゆる物事の真の姿を知ることができる。大人っていうのはやましいことがあればすぐに隠してしまうだろ、そうしていつしか真実を知ることができなくなるんだ。そういう意味では、君はもう大人になっているのかもしれないね。」

僕は、おじさんの言っていることがよくわからなかった。

「ちょっと難しくてよくわかりません。まだまだ僕も子どもみたいですね。」

「ハハハ、どうだろうね。」

おじさんと2人で話していると、妹の声が聞こえてきた。

「ふうせんが、ひっかかっちゃった!」

どうやら先ほど貰った風船が、木に引っかかってしまったようだ。妹は泣き出した。

「新しい風船を持ってきてあげるからね。」

「いや!あのふうせんがいい!」

おじさんに貰った風船にこだわって大泣きする妹を見たおじさんは、

「おじさんが風船をとってあげるよ。」

「ほんとに?」

おじさんは笑顔で言うが、さすがに僕は引き止めた。自分の親よりも歳上のおじさんに、そんな危険な真似はさせられない。

「大丈夫です、僕が取りますので。」

「いいんだ。私の風船を気に入ってくれてるんだ。私に取る義務がある。」

おじさんはそういって木に登り始めた。

「ほら、そんなに高くないから楽勝だよ。なんだか子どもの頃に戻ったみたいな気持ちだよ。」

おじさんは風船の紐を掴み、枝から地面に飛び降りた。


そのとき衝撃の光景が目に飛び込んだ。


「あ!おじさん!やっとぼうしとってくれた!!」

目の前には、髪の毛がほとんどなくなったぼうしのおじさんがいた。上を見ると、先ほどまで引っかかっていた風船が、髪の毛の塊と入れ替わっていた。

ただ呆然と立ち尽くすしかない僕に、おじさんは言った。

「歳を取るにつれて無くなっていくのが、なんだか悲しくてね。ずっと隠していたんだ。悪い大人だろ。ごめんよ。」

帽子をとったおじさんが、悲しげな顔をしていた。

その直後、妹は笑顔で言った。

「やっぱりおもったとおり、こっちのおじさんのほうがいい!ぼうしじゃないおじさんのほうがすき!いっしょにあそぼう!」

おじさんは驚いていた、少し泣きそうにもなっていた。

妹の言葉を聞いて冷静さを取り戻した僕は、木に登って帽子を取り、おじさんに渡した。

「おじさん、これが真実ですよ。おじさんがやましいと思っていたことを隠していたから、気付けなかった真実です。そもそも全然変じゃないですし、僕もそっちの方が好きかな、って。何もやましいことなんてなかったんです。だからもう、こんな帽子なんてかぶらないでいいんですよ。どうかそのままの姿でいてください。」

僕は、自分の思ったこと全てをありのままおじさんに話した。

「…ありがとう。少し考えすぎていたかもしれないね。」

おじさんはそう言うと、公園内のゴミ箱に向かって帽子を投げ捨てた。

「おじさん、はやく!」

「よし、じゃああっちのブランコまで競争だ!」

2人は走っていった。

ぼうしじゃないおじさんは、妹と変わらない笑顔をしていた。


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