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Five Rituals.

ベッドのヘッドボードには5つのショットグラスがある。彼はいつも眠る前にそれをしつらえ、思い思いの酒をそれぞれに注いでいく。アブサン、コアントロー、パルフェタムール、古酒の泡盛、etc……。諦念を抱えた数寄者がそうであるように、彼も数多の酒を通して世界を知覚していた。

「おやすみ」

彼が眠る時間はいつも気まぐれだ。でも、私は芸術的な不眠症を抱えているから、そういうのって些末な違いに過ぎない。

「おやすみ」

彼はテーブルランプを消し、ショットグラスを一つ取る。一口目で香りを口腔に広げ、二口目で喉に突き刺す。私はその動作を見ながら、視界を暗闇に慣していく。そうしているうちに、彼は私に接吻をする。舌を通して、彼が含んだ酒が伝わる。

「……フェルネットブランカ」

「美味しいね」

「苦いよ」

夜を潜りながら、その儀式は五回執り行われる。その間には会話も挟まないし、触れることもない。しかし朝陽が昇るまで、確実に五回。私は目を瞑り、その神聖な儀式を静かに待望する。


「朝だね」

返事はない。彼はこんこんと眠っている。私はショットグラス一つ一つに口づけをしてから、ベッドを出る。




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