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滑落。

とても印象に残っているカルデラ湖がある。山合に、まるでスプーンでくりぬいた跡みたいな湖がぽっかりと浮かんでいて、その青さは色彩を超えた青色だった。一目見た瞬間に、死に方を選べるとしたらここから滑落したい、と思えた。僕は度々そのカルデラ湖を訪れ、滑落のシミュレーションをした。特に悩みがない時期でも、そうすることで心がすっきりとした。

その日はいつにもなく晴れていて、僕一人しかいない時間帯だった。それはまったくの奇蹟の序章だ。僕の胸は高鳴り、今ここで滑落をすることが幸甚なのではないかと直感した。シミュレーションはこれまでもしてきたし、今日は天候の影響を考慮しなくていい。崖もよく乾いていて、スピードがしっかり出そうだ。今だ。

僕は石に自分を仮託して、滑落をさせた。とても気持ちが良かった。

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