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林檎。

地震で倒れた本棚を、僕はどうしても立て直すことができなかった。グラス類やポストカード、押し花や活花も飾っていた本棚だ。中は大変なことになっているだろう。グラスは割れ、ポストカードはしわくちゃに、花は八つ裂きになっているだろう。僕はそのような現実と、向き合いたくなかったのだ。気付けば1年間、本棚は倒れたままだ。

本棚が倒れていることに対する不満は些末なものだ。ドアへ向かう時の回り道は数歩程度だし、踏み付けてしまってもなんの問題もない。いまや、僕は本棚の上で眠ったりもする。本棚の上で見る夢は、淫夢であることもあれば、予知夢であることもあった。

人が来る時は、ハンケチをひいて、その上に赤くて大きな林檎を置く。言い訳はいくらでもできる。宗教的な理由さ、感性が刺激されるんだ、世界平和への祈りなんだ……etc。僕は言い訳をしていくうちに、この倒れた本棚という存在が愛おしくなってきた。いつか大金持ちになってこの賃貸の部屋を買い取りたい、と僕は願っている。


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