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桃源郷。

初夢には靄が立ち込めていて、船頭の背中はうら寂しかった。空気は冷んやりとして、小川を漕ぐ音だけが僕の鼓膜を揺らした。時間の感覚は希釈されていて、長短では測れない孕みの中に浮遊している気分だ。

「……桃源郷」

僕の呟きに船頭はいかなる反応も示さなかった。同じ空間に同居していないのかもしれない。僕がここにいるのが不適切なのか、船頭が職業的静寂を保っているのか、推し量ることは難しい。一定のリズムで刻まれる水をかく音は、僕を不安にさせた。

やがて、靄は晴れて絵に書いたような桃源郷が姿を現した。でも、肉眼で見ると思ったより陳腐で、僕はいささか落胆した。

「……桃源郷」

船頭は相変わらず川面に視線を落としたままで、何の変哲もなかった。


「面白い初夢でも見た?」

「そうだね」

あんなのが桃源郷だとしたら、現実の方がよっぽど面白い。

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