まどろみてふてふ。
「まるで……まどろみてふてふ、だっけ?」
「……そう」
「それに、犯されたみたいだね」
僕は昔、まどろみてふてふを小説に登場させたことがある。夢を蜜にして、長い眠りをもたらす蝶だ。もちろん、それは偶発的なモティーフで、虚構に過ぎない存在だ。
「うん、確かにそんな感じ……でも、よくそんなもの憶えているね」
僕はたった一日の仕事を中心に組み立てた旅行の最中だった。しかし、そのたった一日の仕事に、大変な寝坊をしてしまった。それは、外面を下地から化粧する僕にとって、起こりえないことだった。フロントからの電話で目覚めた僕は、萎んだ風船みたいに力が抜けて上手く立ち上がれなかった。
「もちろん。本当にいそうだったもの」
確かに、そういうことは起こり得るかもしれない。手筈さえ整えば、冷たい鉄でも火傷をする。人間の想像力は僕らが思っているよりもずっと強固で、現実を凌駕する瞬間だって訪れるのかもしれない。
「それで、久しぶりに平謝りをした訳ね」
「うん」
「よかったじゃない」
「なんで?」
「たまに頭を垂れておけば、少なくとも謝り方を忘れることはないんじゃない?」
うん、本当にそうなのかもしれない。
「……ありがとう、まどろみてふてふ」
「どういたしまして」
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