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背中の奢り。

恋と呼ぶほどでもなかった。でも僕と君はあの頃、お互いの背中にその全てを預けきって、静かに襲い掛かる津波を耐え忍んでいた。僕は君を信頼していたし、君も僕をわりに気に入ってくれていた。だから、僕と君がすれ違ったのは、運命の諍いと言う他がない。でも、僕達はすれ違ったきり、二度とは座標が結ばれることはなかった。重力が都合よく引き合って公転するというのは、正直言って奇跡に等しいのだ。それを前提として生きてしまうのが、まったくの奢りに等しいのだ。

つまり、僕は君に恋していなかったのに、たった今君を慈しんでいる。これは愛なのか、制定欲求の派生なのか、僕には正確に推し量ることが出来ない。思うに、僕達には恋愛の語彙が圧倒的に足りていない。好きとか愛してるは都合のいい言葉だけれども、その守備範囲はせいぜい二遊間くらいで、例えば平凡な外野フライも取りきることは難しい。僕はそのような言葉を獲得していきたいと思う。そうすることで、君に背中を預けたあの日々を、初めて形容することが出来るのような気がしてならない。気がしてならないのだ。

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