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後ろ歩きくん。

彼は常に後ろ歩きで移動するから、後ろ歩きくんと呼ばれていた。

「後ろ歩きくん、今日も良い後ろ歩きだね」

「ありがとう」

後ろ歩きくんは、後ろ歩きであること以外に欠点(後ろ歩きが欠点ではなく一つの傾向に過ぎないことを、後ろ歩きくんは教えてくれた。だからこれは便宜的な代名詞に過ぎない)が見当たらなかった。朗らかな挨拶をいつもしてくれるし、あらゆることに気が利いた。だから、後ろ歩きくんは集団から浮くことなく、むしろ常に中心にいた。後ろ歩きくんに憧れて後ろ歩きをしようとする者もいたが、後ろ歩きくんのように滑らかに、後ろ歩きであることを他者に気付かせないくらいに自然に歩ける人はいなかった。

「後ろ歩きくんは、どうして後ろ歩きなの?」

時々、勇気をもって後ろ歩きくんに尋ねる人がいた。

「いちいち振り返ると、首が痛いからだよ」

その言葉の意味が分かるのは、皆がずっと大人になってからだった。

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