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人いきれ。

部屋はいつも息苦しい。過去の遺失が集積しているのだ。僕の吐き連ねた二酸化炭素が、自慰のたびに落とす垢や汗が、細胞分裂に殺された体毛の一本一本が、部屋の空気には刻み込まれている。即物的な換気では、過去を拭うことはできない。それは僕が残してきた人いきれであり、壁や床に染み付いた穢れの移り香だ。

息が詰まるこの部屋で僕は悪夢にうなされ、悪寒を溶かし込んだ汗をカーペットに塗りたくっている。真っ黒焦げなトーストに腐ったマーガリンを塗るみたいに、じっとりと。状況が好転することはない。幸せを壁に憶えさせることはできない。つまり、逆方向のエスカレーターに乗っているのと同じで、良くて現状は維持できても、逆転するということは起きない。動力のベクトルは既に決定していて、僕はそれを受け入れる他がないのだ。


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