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The Birthday's Vomit.

嘔吐をしている最中に、今日は君の誕生日であったことを思い出した。


いったいいつまで嘔吐をするんだろう。僕は便器に打ち付けられた吐瀉物を見て、やるせない気持ちになった。消化を諦めた小腸からは喜びのファンファーレが聞こえ、全身に蔓延っていた倦怠感は取り除かれた。こんなに惨めな行為なのに、そこに一片の快楽を見出している自分も存在する。それを含めて、こんなにもやるせないのかもしれない。

今日は君の誕生日だった。思い出し、もう一度嘔吐する。あぁ、君としばらく会わないうちに、僕は幾分か退行しているみたいだ。退廃的な生活は、君とは似つかわしくないだろうし、君は僕という異分子を吐き出したから、君らしく生きているのかもしれない。

じゃあ、僕は何を吐いている? それは僕自身だ。自らに対するノーであり、現状の何にも勝るイェスだ。嘔吐ほど現状を肯定するものはない。それが本当の嘔吐であるか、虚構の嘔吐であるかの違いだけだ。君は見事に後者をせしめ、僕はこの期に及んで本当の嘔吐をしている。

誕生日おめでとう。そして、ありがとう。込み上げてきたのは、幼気な感情ではなく胃酸だった。


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