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君色の癌。

癌が僕の身体をむしゃむしゃと、まるで蛹になる前の青虫みたいに蝕んだ。あっという間だった。僕のまだ精力的な活動を営める身体は、癌にとって格好の餌場だったのだ。僕は失笑してしまうくらいに矢庭に衰弱し、気付いたら走馬灯がちかちかと見えた。あらら、こんな感じで死ぬんだな。

痛みや苦しみが、風で砂埃がふっと吹き上がるように立ち消え、癌が話しかけてきた。それは君の声だった。

「ごめんね」

僕は走馬灯に気を取られていて(何しろ人生唯一でギルティな浮気のシーンだった)、振り返る頃には癌の姿は消えていた。


「何、この『君色の癌』って?」

「何かのメモなんだけど……うーん、忘れてしまったな」


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