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辿。

辿(たどる)は大人に寄生して、その人に足跡をたどらせる。意識のようなものでもあるし、独立した完全体でもある。辿について分からないことは沢山あるけれども、少なくとも寄生された人が須らく自分の人生を語り始めることは確かだ。


「僕は11歳の時、自分と決別をしました」

私には辿が寄生した大人の自白が全て送られる。私が何者であるか、私自身も知る由がない。

「あの日、僕は自分という存在が些末なものであると自覚しました。でも、それ以来僕は優しくなれた。諦めることで生まれる優しさもあるんですね」


「私の記憶は、チューリップ畑から始まりました」
  
自白は絶えない。辿はこの時期、とても熱心に働く。

「でも、母が律儀に認めたアルバムに、その写真はない。私の記憶が混濁しているのか、敬虔な母の作業に抜け漏れが生じたのか、確かめようがない。でも、私は確かにあの日、母の手を振り払って、蝶を捕まえようとしたの」


辿。私はそう呼びかける。辿、辿、辿。

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