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綿人間。

一人暮らしの部屋に座椅子が届いた。僕はそれが人間椅子であることを確信した。僕の自意識はさっき突然芽生えたし、都合が良すぎるくらいに江戸川乱歩の傑作集を読まされていた。僕は人間椅子と生活をする登場人物のようだ。  

僕は堪らず、椅子に隠された穴を探し始めた。作者の意図は尊重したいけれども、得体の知れない人間と生活をさせられるのは御免だ。人間椅子ならば、呼吸や覗きに必要な穴があるはずだ……穴が見つかったら? 僕はどうすればいいのだろう? 人間椅子であることを確認したところで、僕にできることは何があるだろう? 沸々と残虐な発想が芽生え始める。

先に、壊してしまえばいいんだ。

僕は梱包の箱を裁断したハサミを、座椅子に突き刺した。声は漏れなかったが、そこには確かな手応えがあった。背筋が凍りついた僕は、何度も何度もハサミを振り下ろした。やがて、部屋中は綿だらけになった。 


「……少しいいですか」

すれ違った警官に声をかけられた僕は、反射的に駆け出してしまった。

「確保! 人殺しの疑いあり!」

返り綿を浴びた僕の右手には、確かな死の痕跡が残されていた。

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