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【家賃からの解放】 逆さの城(3)

「災害が起きたらね、もしかしたら、このホテルが『ノアの方舟』になるかもしれないんだ」

「ノアの方舟って、あの聖書のお話ですか?」

「そう、それ」

大きな船を船を造り、大洪水から生き延びたという、聖書の有名な逸話

「バブル……ってわかるかな」

「わかります、わかります、大丈夫ですよ。だって私、日本育ちなんで」

「あ、そうなの。どうりで日本語がうまいと思ったよ。見た目は、完全に欧米の人なのにね」

肌も白く、目は青くはないが、髪は赤毛、何より顔立ちは完全に欧米人、そもそも英語が話せると思って話かけたのだが……

「父がドイツ人なんです…このホテルが方舟って話、もう少し聞かせてもらえます?」

「興味あるの?」

「また父の話になるんですけど、大工なんです。それで建物のこととか、建築のこととかは、昔から興味があって」

「なるほどね。バブルの頃に設計された鉄筋コンクリートの堅牢な造り、つまり、いい意味で金がかかってるってことね」

「古い建物ですよね?」

「しっかりつくってあれば、古いとか新しいは、あんまり関係ない……ちゃんとメンテナンスとかしてればね。ヨーロッパの古い建物とかもそうだろう?まぁ、あの辺りは、地震が少ないってのもあるだろうけど」

「私、日本育ちなんで。ノアの方舟ってことは『避難所』ってことですよね?」

「ここは窓が多いから、ここはまずいけどね」

2人は、フロントやレストランのある、一階の吹き抜けフロアにいた

「いま、気候変動とか温暖化とかで、いろんなとこで異常気象とか言われてるでしょ?それに日本は地震も多い」

「そう……ですね」

「あゝ、別に何か起こるってワケではなく、あくまで避難所候補っていうかさ」

「そういうお仕事なんですか?」

「まぁね。いざってときに、どこに避難したらいいか、そういうのリストアップしたり。例えば神社とかね」

「あ、神社に避難すると良いってのは聞いたことがあります」

「なんでだか、わかる?」

「え……そうですね、神様がついてるから?」

「たしかにそれもあるかも。神社は神社でも、新しいのはダメ……ダメってこともないけど、古ければ古いほど避難所に相応わしい」

「古い…方がですか?」

「それだけいろんな災害とかトラブルを乗り越えて来てるってことだからね。そこは安全な確率が高いってこと」

「そっか、そういうことですね!このホテルも古いから?」

「このホテルはね、さっきも言ったように建物が強い。それとホテルって寝るところや、水や食べ物があるでしょ?病室にもなる。それにここは屋上にもヘリポートもあるしね」

「あ、すいません、ご用件は?」

「このやりとりを英語でしたくてさ」

「あゝ……すいません、私の見た目ですよね。英語は日常会話レベルなんですよ、ドイツ語はできるんですけど。この見た目のせいで、お客様に誤解を招いて、ご迷惑をおかけしてて」

「そうなるよね」

「そうなんですよ、心苦しくて、いま必死に英語を勉強してます」

「インバウンドというか、英語で採用されたわけではないんだね」

「実は、父のコネなんです。父は星野リゾートの建築に関わってまして」

「星野リゾート?ここ全日空だよね?」

「オーナーは、星野リゾートなんですよ。ここと金沢と買収されたんです」

「へぇ、そうなんだ。星野リゾートの星野社長、もしかしたら、ここの避難所としての価値を知って……金沢とか他もだっけ?なら単純に投資目的かな……」

「そのあたりは、存じあげないですけど、ここが『ノアの方舟』っていうお話、おもしろかったです。英語の件、すいません」

「いえいえ」

「あのぉ」

「ん?」

「なんで英語でやりとりされたかったんですか?」

「あゝ、それはね…」

ちょうど他の客がきた

「ほら、お客様だよ。まだしばらくいるから、今度は、英語で話そう、その方が互いに勉強になるしね」

「わかりました!方舟の話、はやく父と話したいです」

お父さん、大好きなのね。自慢の父に自慢の娘

たまたまSが放り込んでくれたホテルだったが、そういえば、避難所の候補として気になっていたのを思いだした

気候変動対策の仕事として、各地の避難所リストをまとめている

依頼主は、国連関連の研究所

震災復興の「フランスお返しプロジェクト」を評価していただき、それ以来、何かと使っていただいている

レポートは「英語」

ここ最近のウイルス騒ぎで、海外に行くことがなくなり、なんとなく、英語の感覚みたいものが薄れていて

使い慣れた母国語でもない限り、言語ってのは使わない間に勘が鈍るもんらしい

ちょうど音声SNSのクラブハウスも盛り上がっていたので、そこで勘を取り戻せたら、と思っていたが、別に「避難所」について会話を交わすわけではない

そんなときに、フロントに明らかに欧米系の白人の…

英語がしゃべれないからといって、別に問題ないしね、ここは仮名で……そうね、ノアの方舟だから「ノアちゃん」ってことにしておこう

ノアちゃんを見かけて、周りに他のお客もいなかったし、話かけたら、こんな話の展開に

気になって、星野リゾートがオーナーな件を調べてみたら、たしかに買収していた

金沢をはじめ、北陸に何軒かある全日空ホテルをすべて買収してるから、きっとここが避難所としての価値があるから買収したわけではないだろう

運営もそのままクラウンだし、星野リゾートにしようってわけでもなさそうだから、完全な投資目的か

クラウンとの契約が終わったら、星野リゾートになるのか

まぁ、そんなとこだろうか

星野さんは知っているのだろうか?

ここのメインレストランのT料理長が辞めて2ヶ月以上が経過していることを

辞めていることは問題ではない

問題なのは、T料理長の名前がいまだに使われていて、しかも「食品衛生管理者(食品衛生責任者)」のプレートに名前があるってこと

食品衛生管理者の資格は、講習さえ受ければ誰でも取得できる

それを掲げていれば、誰でも飲食店を始められるのが、日本の素晴らしいところでもあり、危険なところでもある

そのあたりのハードルが低いので、食品衛生管理者が、以前のままでも、たいていは見過ごされガチだが、ここはハイクラスのホテル、しかも、メインレストラン

朝食付きならここで食べるし、ルームサービスもここ

なんの罪になるのだろう?公文書偽造か?食品衛生法違反か?

なによりいま、何かあったら、管理体制云々の経営問題となり、投資価値も下がりますよ、星野社長

そもそも、なんで放置したままなのか、辞めた料理長の名前を使い続けているのか

というより、なんで、そんなことに気がついたかというと……

やっとたどり着きましたよ
というか、戻ってこれました

うどんが「おかしい」

そう、うどんがおかしかったからなのであります

(4)に続く☟


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