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自己矯正記④ 「目的と化したルールは早々に無くすべき。」※結構タメになる話です。

とある介護事業所の責任者をしてるryuです。

みなさんはマイルールをお持ちでしょうか?
私は「クレジットカードを持たない」というマイルールがあります。
理由は「見えないお金を平気で使い浪費するのがわかってるから」です。つまり目的は「浪費防止」ですね。

このようにルールは何かしらの理由から目的があって作られます。
私の場合は「浪費をしないためにカードを作らない」わけです。
が、来月作ります。西野亮廣のオンラインサロンに入りたいのでプリペイド式のものを。

私の施設には二つのフロアがあり、それぞれがまるで別の施設のように性質が違います。
スタッフの質やルールが全く違うのです。
片方のフロアは大小様々にとてもルールが多く、新入社員が参ってしまうことも多いため無駄なものは無くすように取り組んできました。

ではその「無駄なルール」とはどんなものでしょう?
ここが今回の肝です。

一つうちの施設であった事例を挙げてみます。

「目的」
Aさんに安全に美味しい食事を食べてもらう(喉つまり予防)
「理由」
歯がなくなり喉つまりしやすくなったから
ルール(手段)
基本、食事はペースト状にしてあげる

『ある日おやつでショートケーキが出ました。
スタッフがAさんに食べさせてあげようとショートケーキをミキサーにかけて食べさせています。
Aさんは「甘くていいね」と言って喜ばれていました。』
このスタッフは決められた手段で安全にAさんの食事介助を終えたのです。

しかし私はここにとても違和感を感じます。

「喉詰まりを防ぐ」という目的は達成されていますが、それは「ペースト状にする」というルールでなければ果たせなかったのでしょうか?
ショートケーキをミキサーにかけて食べている親の姿というのは家族が見て気持ちの良いものでしょうか?
全てがまぜこぜになった「甘い何か」を食べることが食事を「美味しく食べる」ということなのでしょうか?

私が言いたいのは『いつの間にかルールを守るということが目的になっているのではないか?』ということです。

これはルールを守り続けているうちに起こりやすく、最初のうちは目的を意識して守っていたルールが流れ作業化し、目的を見失って思考の必要ないルールが目的となってしまうのです。

Aさんのケースであれば、
・少しずつ気をつけてあげればショートケーキはそのまま食べれたのではないか?
・それがダメなら牛乳を用意してスプーンを湿らせながらスポンジを切れば、少し溶けて食べやすくなったのではないか?
・せめてケーキと苺を分けて彩りよくしてあげられたのではないか?
(細かく言えば「美味しく」という目的に沿っているかも怪しく感じる。)

ルールができたときは常に目的をセットで考えましょう。

最初に挙げた私の話を覚えてますか?
あれも目的を達成しているルール変更です。
プリペイド式ならある程度浪費を予防できるから、カードを作ることでルールは破っても目的からは少しもズレてません。

このように目的に到達するためのルートはいくつかあることがほとんどです。
ルールとは目的を達成するための手段であり、枝分かれしたルートの一つでしかありません。
会社であればルールは必要になりますが、会社はスタッフ一人一人に様々なルートを模索して正しいルートへのアップデートをして欲しいのです。
ルールを微調整、変更した分だけ真摯に目的と向き合った証拠かと思います。
ちなみにこれを会社でやるには、かなりスタッフ間の連携や意思疎通が取れた会社でなければ難しいと思います。

またこれは仕事をしてる人たちに宛てたものではなく、生活を営む全ての人が意識すべきことです。
家庭のルール、学校のルール、国のルール…みんなが向き合えばたくさん変化が起きて良くなると信じてます😊

総評

【ルールはあくまでも目的を達成する手段の一つ。ルールを守ることが目的の達成にはなり得ない。
いっそ、ルールは繰り返し変えるためにあると思いましょう。】

最後までお付き合いいただきありがとうございました😊

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