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連載小説「転生ビジネス・カオスマップ」第七部 第11話 M&Aファイナンス交渉もM&A推進エージェントの仕事

「お姉さん、少し前提を誤解されていると思います」

 ハルトは穏やかに切り出した。

「前提ですか?」
「はい。我々は、ただ単にコーポレートローンの増額をお願いしているわけではありません」

 ヴァーゴ社が銀行から借入しているものは、すべてコーポレートローン。
 つまり、ヴァーゴ社の信用力に基づいて借りている。
 金利支払や返済も、ヴァーゴ社の利益が生み出すキャッシュで行われる。

「コーポレートローンじゃないというと?」
「今回は、ノンリコースローンを検討していただきたい」
「ノ、ノンリコース?」

 このあたりは、さすがハルトね。
 M&Aに関連するならファイナンス交渉までやってのけちゃうんだから。

 私は、作戦会議の会話を思い出す。

『メイは財務優良な大企業のCFOだから、M&Aするときの資金はほとんどヴァーゴの自己資金で賄ってきたでしょ?』
『そうね』
『おれたちは中小企業だったから、自己資金では足りないことも多くてね。特殊な借入を組み合わせたM&Aファイナンスを結構駆使してきたんだ』
『M&Aファイナンス?勉強したことはあるけど、確かにヴァーゴでは使ったことはないわ』
『今回は、ヴァーゴにコーポレートの信用力が不足している初のケースだ。
 こういうときにこそ、M&Aファイナンスを提案する必要があると思う』
『詳しく、聞かせて……』

 ということで、M&Aファイナンス手法の一つ、ノンリコースローン(通称ノンリコ)の提案をすることになったのよね。

 M&Aファイナンス交渉もM&A推進エージェントの仕事だから任せろ、という力強いセリフ。
 なかなかかっちょよかったなぁ。

 ……と言っている間に、ハルトが全体の説明を終わらせた。

「お、お話は分かりました。でも、そのような審議はされていませんので、お答えすることは難しいです」

 担当者の顔色が変わる。
 彼女の理解を軽く越えてしまったようね。
 普段、大企業のコーポレートローンしか扱ったことがないんだから仕方がないわよね。

「でも前提条件をしっかりと修正して、再度審議をしていただくことはおかしいお願いではないですよね」

 さすがハルト。
 ここぞというときは、ぐいぐい強めに押しにくるのよね。

「……そういわれましても、すでに審議は終わってますし」

 担当者がしどろもどろだ。
 ハルトの、正論をまっすぐ投げる作戦が利いている。

「私たちも、ファイナンスのめどが立たないと買収を進められないので、御行がノンリコの可能性を示せないのであれば、周りのビルにもお伺いしに行かなくちゃいけないんですよ……いや、お互い困っちゃいますよね?」

 周りのビル……つまりメインバンクを差し置いて、他の銀行に借りに行くぞと言う意味だ。
 半分脅しに近い。
 メインバンクがM&Aファイナンスを他行に奪われたとなれば、それこそ大きな責任問題になる。

 担当の彼女はどうしていいかわからず、顔面蒼白で震え始めた。

 はいはい。じゃあ、そろそろ、彼女の肩の荷を下ろしてあげましょう。

「私たち、あと1時間くらいなら時間があります。この時間内でよろしければ、上司の方に、私たちから改めて相談してもいいですよ?」

 彼女は天使でも見るような目で大きく何度も首を縦に振る。

 あめと鞭作戦、完了。
 さも、救ってあげたかのように、要求を通す。
 なかなか悪くない結果ね。

(ということで、結局ノンリコースローンってなんやねん、ということについては、何も説明できなかったけど、次々回の銀行上司との交渉の中で説明するから、ちょっと待っててね)

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