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小説★プロレスガール、ビジネスヒロイン? 第四話 DX改革 <入社1年目夏~2年目春>

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 入社してから半年が経った。
 ミナミは、小さなコストダウンは実行したが大した成果は上げられていない状況にふがいなさを感じ始め、デスクに突っ伏して頭を抱えた。
(このままじゃまずい。全然貢献できていない)
 その悩みを悟ったかのように、大沢社長がオフィスに入ってきてミナミに声をかける。
「ミナミ、コストダウンが進まないなら、抜本から考え直してもいいぞ。相談事があったら声かけてくれ」
「あ、ありがとうございます」
(ああ、せっかく大沢社長から声かけてもらえて嬉しいのに……内容は叱咤だなんて……)
 凹むミナミ。机に突っ伏す。コストダウンといっても、手を付けられる場所は全体経費の一二パーセントだけ。初手としてはいいけど、そのままじゃ大きな効果は得られない。
(……抜本的に……か。やはり、売上アップも考えるべきタイミングよね)
 であれば、北沢営業部長に聞くのが手っ取り早い。
「どうやったら売上をあげられるんですか?」
 回答はシンプルだった。
「営業パワーが足りない。もっと営業に力を入れられれば売上は上げられるけどね」
「バイトさんとかパートさんとか雇ったら?」
「プロレス業界って業務内容が特殊だから即戦力は期待できないな」
 興行スケジュール。対戦組み合わせ設定。チケット販売。グッズの企画・調達・販売。映像配信、ホームページ更新。興行運営……関東地方開催に至ってはイベント企画会社には頼まずに自分たちで企画から行政届出、会場や人員手配・設営まで走り回っている。
 それに加えて、日々の伝票処理、手紙、電話、報告書や勤怠などの日常雑務。
 これを社員三人と若手レスラーだけで回しているんだからえげつない。
 ふいに、ミナミの頭の中に、DX(デジタルトランスフォーメーション)という単語が映し出された。
(であれば、あいつに聞くしかないか……)
 人に会ってきますと言い残して本社を後に出ていった。

 ミナミは、ゼミ仲間の橋本と八王子の行きつけの居酒屋で会う約束をした。
 ここは地元大会開催時に集客やスポンサーになってくれるSJW御用達の居酒屋で、案の定SJWの先客がいた。
「おお、ミナミ。一緒に飲もうや」
 トップツーのひとり、サクラだった。
 ボーイッシュなショートカット。女性客を虜にできそうな爽やかさだが、実はトップヒール覆面レスラー。だから、素顔は一般には知られていない。その向かいに座っているのは……
「え? し、渋谷さん?」
 現在女子プロレス二番手団体である大阪のOWP。そこのトップヒールを務める渋谷だった。その実力は個人戦では日本一と言われている。
「ああ、実は親友なんだよ」
「よろしくね。ミナミちゃん。よければご一緒にどう?」
「あ、ありがとうございます。ですが……」
 橋本との約束があるし、親友二人の密会に同席するほど野暮じゃない。
「人と会う約束があるので、また、次の機会に……」
「お? 彼氏いたんか? 紹介しろよ」
「ち、違います。同級生との仕事の話ですから」
 ミナミはなんとかその場は取り繕って離れた。
(それにしても、違う団体のトップヒール同士が実は仲良しだったなんて、良い話ね)
 少しうれしくなるミナミだった。

 そして、橋本が店に入ってきた。
「よお。ん? 太ったんじゃね?」
 ……ブチン。
「太ってないし。レスラー体系作りだし。デリカシーのかけらもないの?」
(こんな奴、ジャーマンスープレックスで高尾山に埋めた方が人類のためになるんじゃないかしら?)
 最近業務が忙しくて十分な練習ができていないことを薄々自覚していたことは内緒だ。
「あのね、今日はお願いがあって呼んだのよ」
 ミナミはDXによる業務効率化を考えていることを説明した。
「うーん」
 真剣な表情。
(……意外。仕事の話になると真面目なのね。いつもこうしていれば、かっこいいと思われなくもないのにね)
「うちはAI専門だからなぁ」
 そして、簡単に説明をしてくれる。
 ・DXは、ITやIoT、AIを使って業務をデジタル化すること
 ・AIは、人間の行動や思考を人間の代わりに実現する技術
 一部は重複するけど、一緒ではないらしい。
「そっか。早とちりだったね。ごめんね」
 振出しに戻る。ミナミはがっくりと肩を落とした。
「でも評判がいいコンサルなら紹介できるぞ?」
「え? マジで? 嬉しい。ありがとう」
「まあ、これでもIT業界で生きてるからな」
 ちょっと照れながら横を向く橋本。いつもは口が悪いのに、今日は頼もしく見えた。

 ミナミは、大沢社長に提案をしに行った。
 入社当初は面と向かうだけでドキドキしてしどろもどろだったが、毎日顔を合わせていくうちになんとか普通に説明できるようになってきていた。
「DXカスタムか。前に考えたんだけど、コストが高いから断念したんだよな」
 SaaSと呼ばれる標準機能を使うだけのDXなら安く導入できるが、特殊カスタムとなると開発費が億単位になりがちで簡単ではない。だが、ミナミはいつになく食いついた。
「ゼミ仲間が安くて評判が良いコンサルを紹介してくれたんです」
 大沢はふっと笑った。ミナミが熱意をもって訴えること自体が嬉しいようだ。それを見て我に返ったミナミは、顔を赤くして俯く。
「わかった。そこまで言うなら話を聞いてみよう」
「本当ですか? ありがとうございます」
 こうして、コンサルとの面談がセットされた。

「メジロコンサルティングの片倉です」
 Tシャツの上から、秋を先取りしたブラウンのライトジャケット。これぞITコンサル。
「弊社は創業一〇年のシステム・コンサル会社です。細かいことは置いておいて、ポイントは二つだけ」
 ①オフィスに入り込み業務内容を把握、適格なカスタムを提案
 ②無償公開プログラムを活用、開発も運用も安い
「まずはしばらくの間、実際の業務内容をヒアリングさせてください。それを分析して見積もりを提案します」

 こうして、片倉が質問しミナミが社内に確認した業務内容を片倉に伝えるというループが始まった。
 質問と回答は毎日何回も繰り返された。やがて……
「要件定義をしてきたよ」
 要件定義とは、顧客の要望と解決策を具体的な言語や数値で定義した仕様書のようなものらしい。
【自動化対象】
 ・広報(選手マネジメント・健康サポート、HP運営、映像制作)
 ・企画(興行スケジューリング・対戦組み合わせ)
 ・運営(会場手配、人員確保、行政手続き、機材の手配、ビラやポスター)
 ・営業(チケット販売や物販グッズの調達、販売)
 次のページから細かい内容が記載されている。
「すごいです……あ、でも、お値段、高いですか?」
「格安で提案しますよ」
 こうして、DXの見積もりが進んでいった。

 ミナミは代田に質問した。
「銀行の担当とお話をしたいんです……」
 ミナミが代田に相談すると、ちゃっちゃと銀行の担当に来てもらう段取りを取り付けてくれた。
「初めまして、柴崎です。お近づきのしるしにぜひ今度お食事にでも……」
「え? どういう流れ?」
 面食らっていると、代田があきれて柴崎を止めた。
「はいはい、うちの看板娘を気軽に誘わないように」
(銀行員って堅いイメージだったんですけど……)
 ミナミは困惑。そんなミナミを見て、柴崎は何事もなかったかのように詰め寄る。
「で、ご用件は何でしたっけ?」
 ミナミは、逆に待ってましたとばかりに笑顔で答える。
「はい。DX投資のための資金を融資して欲しいんです」
「なるほど……それであれば財務資料や計画書を……」
「財務資料は全部揃えてます。こっちは事業計画書」
「は、拝見しま……」
 柴崎が資料に手を差し出そうとすると、その前に紙を一枚突きつけ、ニコッと笑った。
「これが借入条件の要望書。しっかりと審査してくださいね」

 片岡からDXカスタムの見積もりが出てきた。開発費が五千万円、運用費は年間二百万円。それなりの値段だが、ミナミにはさっぱり相場観がわからない。
(こういうときは……やはり、彼しかいないわね)
 前回は八王子に来てもらったので、今回は渋谷へ。会うなり乾杯し、日本酒を注文する。
「で、頼み事ってなんだよ?」
「そうそう、この見積もり、見てほしいの」
 橋本は見積書と要件定義書に目を通す。
(やっぱり、仕事モードのときはかっこいいのよね……)
 やがて、ニッと笑う。
「これだけのモジュールをカスタムして組み込むなら、値段もお手頃じゃないかな。悪くないと思うよ」
「そうなんだ。よかった。じゃあ、ここを本命にする。紹介してくれてありがとうね」
「いやいや、ハズレじゃなくてよかったよ」
 そしてお酒は進み、話はいつの間にかプロレスの話になっていた。
「ところで、プロレスって八百長(やらせ)なんでしょ?」
(……来たか)
 どの友人と話をしていても、いつかは必ずこの話題になる。ミナミは何度もこの問いを受け、そのたびに胸が締め付けられるような苦しい気持ちを感じていた。だからこそ『技の魅力がきちんと評価されるプロレスの世界』を作りたいと考えているのだから。
「違うわ。相手の技をしっかり受けて相手の良いところを引き出すことはあるけどね」
「そうか? シナリオ通り演じていて、勝敗も決まっているって聞くけどね」
(……もう、しつこい。モヤイ像に括り付けて、ドロップキック打ち込もうかしら)
 ミナミはちょっと苛立って答えた。
「勝敗決まってて演じるだけなら、私たちはこんなに朝から晩までへとへとになるまで練習したりしないわよ。みんな本気で勝つために練習してるんだから」
 日本酒を一気に飲み干しぎろりと睨む。
「お、怒った? わりい、そんなに怒るなよ」
「まったく……」
(……本当にデリカシーのかけらもないわね。少しは大沢社長を見習いなさいよね)

 大沢社長、経理部長の代田、営業部長の北沢、そしてミナミ。テーブルの上には見積書。
 議論すべき論点は二つ。まず、五千万円もの多額投資をするメリットがあるのかどうか。
「何年で回収すべきと思う?」
 大沢の問いかけに、ミナミはドキドキしながら答える。
「業務改善用ソフトウエア開発の償却期間と合わせるなら五年です……」
「じゃあ、今回の投資は五年で回収できるのか?」
 ミナミは投資判断に関する詳しい計算シートを見せる。
「三年五ヶ月で回収できます」
「なるほど。わかった」
 大沢は小さく頷く。ミナミはほっと胸をなでおろす。
「で、どんな業務改善ができる?」
「営業と総務、経理、広報業務を自動化し、そのリソースを新たな売上拡大に使います」
 営業部長の北沢が後を引き継ぎ追い打ちをかける。
「このシステムを入れれば、営業にもっと力を入れられますよ。物販だって新商品の企画もできるし、将来、選手数や興行数を増やしても対応できる余地ができます」
 波状攻撃を受け、腕組みをして深く唸る社長。
「その資金は捻出できるのか?」
 ミナミは資金繰り表を見せながら、恐る恐る答える。
「五千万円投資したら現預金の残高は心許ないので、銀行から借りたいと思います」
「銀行はなんて言ってる?」
「ミナミちゃんが条件交渉頑張ったから、五千万円借り入れ、最初の一年は無利子で返済猶予となったわ。良い条件でしょ?」
 考え込む大沢。やがてサングラスの中から鋭い目つきで全員を一瞥した。
「わかった。進めてみよう。取締役会の第一号議案決議事項の可決を宣言する」
 ミナミは目が点になった。
(……え? この会議って……いつの間に取締役会になってたの?)

 年が明けると、片倉はほぼSJW本社に入り浸り状態になった。カスタム開発したDXシステムの本格的なインストール作業に入ったからだ。対応するミナミも、あっちいったりこっちいったり走り回っていた。
「ミナミ、最近練習できてないけど、大丈夫?」
 ツツジが心配そうに様子を見に来てくれる。
「うーん……四月一日の稼働開始日まではバタバタっぽいの」
「そっか。しかたがないわね。三月のプロテストは今回はおあづけね」
(そうだ。昨年九月の試験も仕事で受けられず、今回も……でも、今は仕方がない)
「無理せず頑張ってね」
「ツツジ、ありがとう」
 ミナミは、声をかけてくれる親友に感謝しつつ仕事に没頭した。
 三月末になると、実際のシステムの横で模擬的なシミュレーションを走らせ課題を抽出し修正するデバッグ工程に移る。
「すごいっすね、こんなに簡単に……」
「次に何をすればいいかも教えてくれる」
 デバッグに協力している北沢の営業部隊は大盛り上がり。彼らがこんなに生き生きとしているのを見るのは初めてだった。そして、やはり一番時間がかかったのが、興行スケジュール組み立てシステム。
「興行スケジュールの決定には、それまでの選手のバイタル推移もチェックして……」
「開催地の他イベント有無、会場のダイナミックプライシングも……」
「選手の動線、開催間隔、他にも……」
 これまで営業が様々な要素をもとに組み込んでいた職人技を伝授するのに相当の時間がかかった。逆に言えば、営業メンバーが一人でも抜けたら興行スケジュールまともに立てられなかったってことだ。これらを、現場で最終調整しながらシステムに組み込んでいく。

 ついに、運命の四月一日を迎えた。今日から完全に新DXシステムで業務を行う。
「では、システム起動します」
 片倉が静かに宣言し、ついに新システムが稼働した。稼働後は、従業員たちからいくつも質問が出たものの、片倉がずっとオフィスで対応してくれていたので、夕刻には概ね問題なくみんなが業務をこなすようになっていた。大沢社長が営業部長の北沢に話しかける。
「どうだ? 新システムは」
「はい、かなりいいです」
「そうか。で、どのくらい業務が効率化される?」
 大沢は、にやっと笑った。北沢は大沢の罠に自らハマりに行く。
「七〇パーセントは効率化できそうです」
「そうか。じゃあ……営業は給料七〇パーセントカットでいいな?」
「へ? ちょっと、待ってくださいよ……」
 慌てる北沢。
「まあ、冗談だ。とにかく、しっかり売上アップに貢献させてほしい。頼んだぞ」
「はい、もちろんです」
 みんなの笑い声で事務所全体が和やかな空気に満たされていった。
 そして、大沢社長は片岡に手を差し出した。
「ありがとう。業務を隅から隅まで把握したうえで対応してくれたおかげです」
「とんでもないです」
「ミナミもよくやってくれた。ありがとう」
 ミナミは瞳を大きく見開いた。
(ああ、私、大きな仕事、なんとかやり遂げたのね)
 胸にジーンと込み上げてくるものがあった。
(ふふふ。社長に褒めてもらえた。とてもうれしいから、練習したい気分なの)
 楽しそうに二階へと消えていくミナミだった。


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