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連載小説★M&A春風(ダイジェスト)第4章 ソーシング(ロングリスト後編)

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第4章の1分ダイジェスト

M&Aターゲット候補選定を依頼された酒井真奈美。
なんとか自力でロングリストを作り、アドバイスを得るために銀行と打ち合わせを行う。
山田の軽快トーク(雑談)も終わり、いよいよ本題に入る。
銀行から説明された企業調査部の資料・アドバイスは、レベチの鋭さ。
その指摘を受けた真奈美は、『販売機能を買収する』という方針に見直しの余地があることを悟る。
「やはりメーカと組むしかない?それも……大手建機メーカと!?」

第4章 ソーシング(ロングリスト後編)  本編

第22話 メインバンク

 週末を挟んで、月曜日。
 山田から話を聞いてほしいと言われたメインバンク、伊藤渡邉銀行(通称IW銀行もしくはIWBC)がやってきた。

(反応早っ!もしかして……放っておくと山田チーフにいじめられるとか思っているのかしら?)

 真奈美はとんでもないことを想像しながら、山田と二人で応接した。

 訪問者は法人営業本部、法人アドバイザリー本部、企業調査部の3名。

 真奈美がオドオドと名刺を交換する横で、山田はお構いなしに雑談を始めている。

「さすがIWBCさん。すぐ来てくれましたね」
「もちろんです。山田さんにお声がけ頂けたらどこにいてもすぐに駆けつけます」

 話を合わせるのは営業本部の女性。
 若くて可愛らしい。
 山田とは面識も深そう……

「じゃあ、今度はぼくが御行に伺いますよ。いつでも呼んでください」
「えー、じゃあ、土曜日とかにお呼びしちゃってもいいですか?」
「土曜日かぁ、ちょっと無理かな」
「ちょっと、その流れで断ります?」
「そうね。他行さんとの予定がびっしりで……」
「えー?ひどくないですか?これでもメインバンクのつもりなんですよ?」
「ああ、そうでしたよね。もちろんですよ。
 だから、日曜日は御行向けに空けてます」
「日曜日ですか。また、ハードル上げますね」

(これ、アイスブレイクのつもりが雑談に火がついたパターンね……)

 キャバクラに似たトークに、なぜだかちょっとムッとするが、おさまるまで待つしかないことは学習済み。

 ため息をつきつつ、手持ち無沙汰で名刺を眺めた。

(住所は本店がある大手町。そりゃそうよね)

 白馬機工本社から大手町までは、徒歩と地下鉄で20分もかからない。
 タクシーなら10分の距離。

(大手町か……どうせならこちらから出張で大手町に行きたかったな……)

 真奈美はひそかに大手町のビル群の地下ランチを気に入っていた。
 でも、忙しい山田の都合を考えると来てもらって正解ということも事実。

「……酒井さん、聞いてる?」

 真奈美は、はっと我に帰った。

(しまった!聞いてなかった。
 もう、こういう時に限って話振るんだから……)

 自業自得を自覚していない真奈美だった。

……………………………………………

(補足解説:飛ばしてもOKです)

メインバンクとは企業が主に取引している商業銀行。
企業側はその銀行から借入をしていたり、口座を使って他者との取引をしていたり、貯金していたりしています。
銀行側からすれば当然預金・貸出・決済がメイン業務ですが、メガバンクともなれば、さまざまな法人支援サービスを整えています。
またグループ内には投資銀行を持っていたりもします。
(作中のIW銀行の場合は、グループ内にIWBC証券㈱があります)

あと銀行のことを、「御社・貴社」ではなく「御行・貴行」と言うのも金融機関ならではの業界ルールですね。
銀行員は自社のことを「弊行」と言うことが多いです。

ちなみに、投資銀行(日本で言うなら所謂証券会社)は、なぜか「御社・貴社・弊社」組です。

第23話 企業調査部

 一通りの雑談がやっと落ち着く。

「では、弊行からも説明をさせて頂きますね」

 企業調査部の女性が愛想もなく話し始めた。
 名刺には中川と書かれている。
 金属縁のメガネをかけた、いかにも理知的な雰囲気の年上の女性だった。

 企業調査部は、各産業ごとの市場動向を調査している専門部隊。
 そこに所属している彼女は、颯爽と山田と真奈美に資料を手渡した。

「建設現場で使う機材の販路を調査されているとのことでしたので、
 まずはこの資料をご覧ください」

 表紙には『白馬機工株式会社御中』と書かれている。
 IW銀行のトレードカラーである黄橙主体のすっきりしたデザイン。

 一枚捲ると、目次、そして『本資料はディスカッション目的として……』から始まるディスクレーマーがびっしりと。

(やはり金融機関の資料はきっちりしてるわね)

 真奈美は苦笑いしながら、さらにページを捲る。
 すると、その顔色から笑みがさーっと消えた。

「まず、この業界の市場規模ですが……」

 中川はずんずんと説明を進めていく。
 真奈美は慌てて資料にメモを走らせた。

(それにしてもすごい。銀行の調査。
 私もかなり調べたつもりだったけど、桁違いの情報量だわ)

 建機業界の製品カテゴリー別の市場規模の推移。
 それらの将来の見立て、成長率(所謂CAGR)
 そして、製品カテゴリー別のプレイヤーマップとメーカーシェア。

 それらを淡々と説明していく中川。

 真奈美は完全に圧倒された。

「ここまでで、ご質問はございますか?」

 中川は真奈美を見て、質問を促した。
 普段はところどころ口を挟むはずの山田も沈黙している。
 雑談以外は真奈美に全任せするつもりに違いない。

「あ、あの。ありがとうございました」

 真奈美は頭をフル回転させた。

「えっと、メーカーの状況は概ね理解したつもりです。
 販路としてはどんな状況でしょうか。
 商社とか、リース会社とかを経由して販売していると思うのですが……」

「確かにその通りですが、そちらも買収候補に考えられてますか?」

「そ、そうですね。可能性があるならば……」

 すると中川のメガネがきらりと光ったように見えた。
 そして、真奈美は背筋が悪寒が走るような感覚を感じた。

……………………………………………

(補足解説:飛ばしてもOKです)

ディスクレーマーとは日本語では『免責事項』
おおむね以下のような内容が書かれています。

『これって、ディスカッション目的資料だから、できるだけ信頼出来る情報を書いているつもりだけど、信頼性とか正確性とか言わないでね?
あなたへの提案も書いているけど、やっぱムリとか言うかもしんないし。
もし、記載内容を真に受けちゃっても、自己責任でよろぴくね。
あ、あと他人に見せちゃダメだよ。ノンノン。
もしこの資料がもとで何か争い事が起きても、
私は知らぬ存ぜぬ関与せずだから、そこんとこよろしくね♫』

第24話 とてもじゃないけど……

「そうですか。では補足資料をご覧ください」

 中川はページ飛ばし、巻末に近い付録の一部を示した。
 そこには真奈美もよく知っている商社の名前が並んでいる。
 そして取り扱っている商品群も書いてある。

「販路は仰る通りで、基本的にメーカーの販売部門または販売子会社。
 これに加えて大手商社もしくは総合商社が入ってきます」

 そして、さらにページを捲る。

「リース企業はこちらです」

 中川は声のトーンを落とした。

「いずれもかなり大手で、大型商材を幅広く扱っています」

「……」

「御社が本当にこれらの企業を検討範囲に入れるのかについては、
 いま一度よく考えられて方が良いと思いますよ」

 そこに記載されている企業が扱う製品は、白馬機工が売り出そうとしているロボットスーツのような機械だけではない。
 むしろ、もっと大きなもの。
 大型クレーン、高所作業車、ポンプ、発電機、ショベルカー……

 ありとあらゆる工事機械が並んでいる。
 とてもじゃないが、白馬機工がこれらの会社を買収するというアイデアが成り立つとは思えない。

「確かに販路は大事なので買収したいという要望はよく聞きます。
 でも、顧客への大きな責任が伴います。
 幅広い製品ラインナップ、24時間対応可能なサービス網、品質保証。
 これらをしっかり考えないで検討を始めると労力が無駄になります」

 中川は真奈美に他意があるわけではない。
 かといって気を使うわけでもない。
 まさに本心がそのまま口から出ている。
 だからこそ、その言葉は鋭い。
 その淡麗な容姿も含めて、どう考えてもツンツン尖っている。

 真奈美は答えられなかった。

「ロボットスーツのような小型な機械だけを扱う販路はないと思います。
 ユーザーも、さまざまな建機を扱っている商社やリース会社を好みます」

 そう言われると、ぐうの音も出ない。
 真奈美は冷や汗を流しながら、やっとのことで回答を絞り出した。

「わ、わかりました。当社の方向性は、もう一度考え直してみます」

 すると、中川は何の躊躇いも感情もなく、ページを元に戻し、

「次のページからは、コーポレートアドバイザリー部が説明致します」

 と、淡々と話を締めくくるのであった。

第25話 コンフリクト

 法人アドバイザリー部とは、銀行内の各部門を横串にしつつ、さまざまな顧客企業に対する事業拡大・企業再編などの課題に対応する部門。

(つまりM&AやIPOを提案部門する部門ということ?
 なんで商業銀行が?)

 真奈美は頭の中が混乱していたがそれは致し方がないことだった。
 M&AやIPOなどは本来、投資銀行の守備範囲である。
 そして、IWBCグループにはIW銀行だけでなく、IWBC証券という立派な投資銀行がある。

(それなのに、銀行にも投資銀行部門がある?
 それって、コンフリクトしないの?)

 という疑問は湧いてくるが、おそらく商業銀行と投資銀行のカバー範囲は違うのであろう。
 今の所のメガバンクグループは、どこも商業銀行と投資銀行の双方が、投資銀行部門を有して、それぞれがいろんな提案をしてくるというのが現状である。

 その投資銀行に近い業務をしている法人アドバイザリー本部から、
 白馬機工に対していくつかの提案がなされた。

「これはあくまでバンカーズアイデアなのですが……」

 そう断りを入れてから始まる仮説。
 銀行員は自分たちをバンカーと呼ぶことがある。

「いくつかの候補企業をピックアップしてきました」
「本当ですか?」
「はい。実は弊行が所属する渡邉グループに渡邉建機というのがあります。
 ただし、いわゆるショベルカーやロードローラーのような重機のみでして」

 念の為と感謝概要資料を一枚見せてくれるが、確かに重機ばっかりだ。

「御社製品を扱うとなると、小回りがきく企業の方が良いかと思いまして……」 

 こうして紹介されたのは、中小の建設機械メーカーだった。
 確かに、地域的にも事業内容的にもかなり小ぶりだ。
 このようなメーカーを集めていくという方法もありそうだが大変そうだ……。

 真奈美は説明を受けながら、このあとどうするかを考えていた。

 企業調査部の中川によれば、販路だけを対象にしていても答えは無い。
 であれば、やはり建機メーカと組むしかない気がする。

 それも……大手建機メーカと!
 でも、それって成立するのだろうか?

 考えているうちに、法人アドバイザリー部の説明は終わっていた。
 真奈美は彼の提案も含めて考えてみると答えた。

 ……………………………………………

(補足解説:飛ばしてもOKです)
 なぜ商業銀行にも投資銀行部門があるのか?
 歴史的背景について、Chat GPTと何度かチャットしたやりとりをまとめますね♫

『歴史的背景として、商業銀行が、リスクが高い投資銀行業務の失敗で打撃を受けると、社会インフラである商業銀行業務へも悪影響があるので、これらを分離するという政策が取られたことがあります。
 しかし、商業銀行もグローバル化が進む中で預金・貸付・手数料ビジネスだけでは成立せず業務多角化が必須となり、結局規制は緩和されつつあります。

 日本においては、商業銀行が投資銀行業務を行うことが可能になったのは、2008年に施行された金融商品取引法の改正によります。ただし、一定の制限が課せられています』

ありがとう(^^♪ChatGPT♫

第26話 嵐の前の……パート4

 最後に営業本部の若い女性が笑顔でまとめる。

「それでは、また検討結果を聞かせてください。
 あと、案件化の際は弊行にお声がけくださいね」

 流石に営業だ。
 きちんと自社ビジネスに囲い込もうとしている。

 と、感心していたが、山田はその上をいった。

「はい、お声がけしますよ。
 もちろん、他社よりよい条件を出してくれると信じてますので」

 早くも価格交渉をふっかけ、ニッコニコの山田。

「は、はい。もちろん頑張ります。
 IWBC証券とも連携して、よい条件を提示させていただきます」

 営業本部の彼女、最後、笑顔がチビっと引き攣ってなかったかしら?

 こうして、IW銀行との打ち合わせを終えた頃には、すでに昼休みも終わりかけていた。

「酒井さん、ちょっと遅くなったから、ランチは外に行こうか?」
「そうですね。あ、少し先に有機野菜が自慢のカフェができたんです。
 どうですか?」
「おお、いいね。いつも夜はお酒たくさん飲んでいるから、
 昼くらいは健康にいいものをたべたくなるもんね」

 こうして、二人はできたばかりの明るいカフェに入った。

 季節限定メニューに目を付けた二人は、シチューランチを注文。
 シチューは甘くて滑らかなかぼちゃの味わい。
 温野菜は旬の野菜が彩りよく盛り付けられていた。
 二人は落ち着いた雰囲気の店内でゆっくりとランチを楽しんだ。

「とにかく、これでロングリストは一通り揃ったことになるね」
「本当に、山田チーフのおかげです。ありがとうございました」
「いやいや、君の頑張りと、銀行のおかげだよ」

 山田は食後のコーヒーを啜りながら答える。

「本当に、銀行の調査はすごいですね。圧巻でした」
「彼らは業界への知見も深いからね。
 アドバイスはしっかりと考慮しなきゃだね」
「はい。早速、事業本部とも連携します」

 そうして真奈美は紅茶を啜ると、ぼそっと呟いた。

「……次からはもっと早く銀行にお願いしちゃおうかな……」

 すると山田がびっくりした表情で答える。

「2回目からは有料らしいよ?」
「え!?そうなんですか!?」

 驚いた真奈美をみる山田の表情は、いやらしいニヤニヤ顔だ。

「……もう、揶揄わないでください」

 真奈美はほっぺたをぷくっと膨らませた。

……………………………………………

(補足解説:飛ばしてもOKです)

自社向けに特別な調査をしてもらうならともかく、市場調査の情報を求めるくらいであれば、メガバンクさんはだいたい有料などと言わずに相談に乗ってくれます。
有料というのは、もちろん山田の意地悪いジョークです。

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