見出し画像

異世界M&A小説【転生ビジネス・カオスマップ】第七部アンドロメダAG(中編)

第一部はこちら
第七部(前編)はこちら
第七部(後編)はこちら

第七部アンドロメダAG(中編)

第18話 儀式

「アンドロメダは無数の異世界群の中で最も科学が発展している異世界だ」
「噂は、知っているわ」

 アンドロメダ・ワールド。

 科学が発展しすぎて、複数勢力による宇宙戦争が激化している。
 最新の科学、宇宙……近未来SFが好きな転生者には大人気の異世界だ。

 科学が発達している異世界なので、人口も異常に多い。
 死亡者数も桁違いに多いので、転生リクルート会社も乱立している。

「この転生リクルート企業の中で最も実力があるのがアンドロメダAS社。
 これが今回のターゲット企業だ」
「なるほど。人口が多いから、やっぱり、相当儲かっているのかしら?」
「それが、そうでもないらしい」

 ハルトによると、科学が発展しすぎて異世界運営会社によるコントロールが効かずカオスな異世界になっているという。

 その結果、宇宙戦争が激化しすぎて悪い循環になっているらしい。

 カルマが十分貯まることなく宇宙戦争で死亡する人が続出。
 カルマ不足で転生できないから再度生まれ変わり、また宇宙戦争で……

「転生リクルート企業からすると、有望な顧客が極めて少ない状況だ。
 このままじゃ、コストばかりかかって利益が出せなくなってしまう」
「なるほど」
「だからこそ、我々の出番がありそうってことなんだ」

 ハルトは自信満々に言った後、急に声のトーンを落とした。

「でもね。そういうことだから……
 買収交渉しにいくにしても、戦場を潜り抜けなければいけない」

 ははーん。なるほど。
 そういうことね。

「こんな危険な業務に、二人を連れていくわけにはいかないからな。
 だから、ここからはおれ一人で……」
「ちょっと待って」

 私は、ハルトの言葉を遮った。

「冗談言わないで。
 ヴァーゴの命運をかけたプロジェクトでしょう。
 戦場の一つや二つ、潜り抜けて見せるわ。
 私は行くわよ」

 まっすぐにハルトを睨みつける。

「私も、いざとなったらお手伝いできると思います。
 ハルトさん、一人じゃ無理ですよ」

 ユナもスカートをちらちらと揺すりながら賛同する。

「とにかく。一人で無茶するなんて言わないでよね。
 CFO命令よ」

 ハルトは、困りながら頭を掻いた。

「わかった。いや……ありがとう。
 ここから先は危険だが、確かにおれひとりでは難しいんだ。
 くれぐれも、無理しないということで、手伝ってくれるか?」

 私は無言で、右手をハルトの前に差し出した。
 ハルトも、無言でその上に手を重ねる。
 ユナも続いた。

 私たち、三人が命を懸ける冒険に出るための儀式は、これで十分だった。

第19話 アルゴ・ワールド

「でも、次に向かう場所はアンドロメダではないですよね?」

 ユナが質問する。

「ああ。その前に、準備しに異世界アルゴ・ワールドへ向かう」
「何それ?どこだっけ?」

 昔、どこかで聞いたような……
 そうだ。思い出した。
 かつて、全宇宙に武器や宇宙船を提供していた軍事異世界ね。

「確か巨大国家が壊滅して無政府状態になったような……」
「その通り。今はバラバラに分割して無法地帯になっている。
 異世界運営会社も撤収しているから密転生者の巣窟になってるんだ」
「……なんか、嫌な予感しかしないんだけど?」
「まあね。でも、戦時中のアンドロメダに入るには軍用艦が必要。
 民間人がそんなもの調達できる場所は、ここしか考えられないからね」
「戦艦を買うってこと?」
「まあ、正確にはレンタルするってことだね。
 ここからはスピード勝負になるから、高速戦艦を借りたいんだ」

 まじかー。
 まさか、私のような一般民間人が、軍用戦艦に乗ることになるとは……

 こうして、私たちのリムジンはアルゴ・ワールドへの寄り道をすることになった。

 アルゴ・ワールドに着くと、ユナはリムジンに乗って、ひとりで何やら買い出しに。
 元々国家一級メイドなので、このようなアングラな世界での買い出しも慣れているらしい。

 私はハルトに連れられて、軍艦をレンタルしてくれる業者のアジトに向かって歩き出した。

「アルゴ・ワールドは無法地帯だから、とにかく気を付けて」

 ハルトは相変わらず用心深い。
 でも、今回は素直に従って、全身をマントで隠すように覆う。
 これで、一見誰だかわからないだろう。

 荒れた砂漠の荒野。
 そこかしこに山積みにされている大きな中古船や武器。
 テントが無数に乱立していて、それぞれが違法中古販売をしている。
 その周りを、民間人や、軍服をきた傭兵や、どこかの政府のSPのような人物までが徘徊している。

 まったく……異様な活気ね。

 それぞれの店員も客層も怪しい。
 町を行きかう人物もみな怪しく思えちゃう。

「とにかく、おれから離れるなよ。すぐに搔っ攫われるぞ」

 私はぐっと気を引き締めた。

 うん、引き締めたんだよ?

 なのに、その瞬間。

 いきなり視界が真っ暗に。

(何よ、誰?)

 声も出ない。口をテープでふさがれている?

 手は……後ろに縛られて……私、担がれて運ばれてる!

 どこに?

 どさっ。

 ブロロロロロ……

 このレトロな振動、まさか車に連れ込まれた?

 ちょ……どこへ連れていくつもりよ?
 ハルト……助けて! 

第20話 見える?

 ……抜かった。

 いや、正確には、十分注意していたのにまんまと拉致られた。
 すぐそばにいたハルトに気付かれる間もなくささっと……
 犯人は相当拉致になれている常習犯だ。

 それにしても、ここどこよ。

 目隠しを解かれた私は、すぐさま状況を確認する。

 どうやら、どこかの工場跡地に連れ込まれたらしい。
 もしくは壊れた戦艦?
 動かなくなってどれほど経つのか、機械や配管やクレーンがサビ臭いオイルの匂いを充満させている。

 そして、目の前に下品なチンピラが3名。
 いやらしくニヤニヤしている。

「ヘッヘッヘ。お姉ちゃん、可愛いな」
「あなたたち、誰?目的は?お金?」
「俺たち、雇い主からは、命さえ奪わなきゃ何してもいいって言われてんだよね。
 こんなに可愛いならもったいないから、少しは楽しませてもらおうかな」
「え?ええ?」

 ちょ、ちょっと待って。
 雇い主って何よ?
 
 これって、史上最悪の状態?
 めちゃくちゃ凌辱されちゃうパターンじゃない?

「さて、どんなことして遊ぼうか?」

 一人が指をパチンと鳴らす。

 ガリガリガリガリ……

 クレーンが巻き上がり、縛られた私の両手が釣り上げられていく。
 すぐに私の体も足も宙に浮く。

 ガガガガガガ……

 今度は両足首につけられたチェーンが左右に巻き取られている。

 ちょっと、これじゃ足が開いちゃうじゃない。

「へへへ、こいつ足に力入れて我慢しているぜ?」

 楽しそうに見ているチンピラたち。
 超ムカつくんですけど。

 でも、両足は無理矢理左右に開かれていく。

 やだ。
 このままじゃ、パンティ見えちゃうじゃない……

 私はさすがに恥ずかしくて顔を背ける。

「なんだよ、恥ずかしいのか?ヘッヘッヘ」

 男ってなんでこんなにデリカシーのかけらもないのかしら。
 全員、スピカのドラゴンの餌になっちゃえばいいのよ。

 なんて心の中で言ってみても、ピンチの状況は変わらない。
 もう両足は完全開脚状態。

 ……いやだ……絶対これ見えちゃってる……

第21話 チラリズム vs モロリズム

「も、もういいでしょ?外してよ」

 無駄とわかりつつも、聞いてみる。

「へへへ。外すわけないじゃん。楽しいことが待っているんだよ?」

 ……そりゃそうよね。
 お年頃の男子には、パンチラくらいの効果はエロの起爆剤。
 これで満足するわけがないことくらい、私だって知っている。

「じゃあ、もっとしっかり見ちゃおうかな」
「ちょっと、やめてよ」

 チンピラは、完全に開脚しきって今にもめくれ上がりそうなスカートに向かって、突撃を決意したようだ。

 ビリビリビリ……

「きゃー、ちょっと、何するのよ?」

 嘘でしょ?
 容赦なさすぎる。
 このままじゃ、私の護衛部隊(スカート)は速攻壊滅。

 そしたら、全開脚でパンティ全部見られちゃう……
 それって、モロじゃん!?

 もういやー!
 恥ずかしいよー!
 ハルト、助けてよ!

 その時工場の窓から眩しい光が差し込んできた。
 そして、リムジンのスピーカーから聴き慣れた声が……

「貴様ら、覚悟はできてるんだろうな?」

 ……もう。相変わらずちょっと遅いんだからね!



第22話 見た人、手をあげて!


 リムジンのエンジンの出力が増す。
 轟音と共に工場の窓ガラスが飛散する。

 突如、工場内に飛び込んでくる黒い影。
 それは……黒と白のゴスったメイドの正装衣装。

 ……ユナね。

 私の目の前に着地すると、無言のまま自分のスカートを捲り上げる。
 え?え?ユナのパンティも、見えちゃってるけど?

 その次の瞬間。
 ユナがスカートの中から重力子銃を取り出す。

 ……それって、四次元警察の主力武器だよね?
 たしかミクロな重力の井戸を打ち出して相手を拘束する奴。
 どこで手に入れたのよ、そんなもの……

「メイさんをいじめた罪、償ってもらいます」

 ユナがとんでもない怒りのオーラを纏いチンピラをにらみつけた。
 チンピラ三人は、重力子銃の銃口を向けられ、腰を抜かして動けない。

「大丈夫だったか?」

 ふと私の後ろから暖かく優しい声が聞こえて。
 釣り上げられた両手と開かれた両足がスッと自由になる。

 そして、長めのローブで体を包んでくれる。

 もう……

「大丈夫じゃないわよ。私……」

 やだ、緊張がきれて、私震えてる。

「怖かったな。もう大丈夫だ。俺たちに任せろ」

 ハルトの両腕と胸板が私の上半身を優しく包み込む。

 ああ。
 やだ。涙が出てきてる?
 だって、恥ずかしかったもん。
 怖かったもん。

 それを横目でちらりと見たユナ。
 今まで見たことがないほど、怒りに燃えた瞳をしている。
 そこからは圧巻だった。

「メイさんの……見ましたか?見た人は手をあげなさい」

 と質問しつつ、答えを聞くまでもなく発砲。
 チンピラの一人は、あっという間もなく重力の井戸に取り込まれ確保。

 その0.1秒後にはもう一人のチンピラに銃口を向けるユナ。
 0.2秒後には二発目の発砲。
 二人目も何が起こったか理解する間もなく重力の井戸に堕ち確保。

 0.5秒後には、最後の一人のこめかみに銃口を突き付けていた。

「見ましたか?と、聞いているんですけど」
「み、みて、みていない、みてはいない」

 最後の一人はガタガタと震えている。

 いや……絶対、ピンクの縞々、見たでしょ。

第23話 尋問

「目的は何ですか?」

 ユナの尋問が続く。
 冷酷な表情で、敬語を貫き通すので余計に怖い。

「別に言わなくてもいいのですよ?
 重力子銃を確保モードから収縮モードに切り替えてもいいんです。
 どちらがいいか、決めてくださいね」

 確保モードは、四次元重力井戸を作り出し対象者を生け捕りするモード。
 収縮モードは、重力特異点、すなわち超ミニブラックホールを作り完全に対象物を圧縮消滅させるモードだ。

 正直、どちらのモードで撃たれても地獄には変わりない。
 残る一人のチンピラは、腰を抜かしてガクガク震えて声も出せない。

「メイさん、この方、どうしましょうか?」

 私は、ハルトに支えられてようやく気持ちが静まってきたところだった。
 確認しなきゃいけないことがある。

 チンピラを見下ろす。
 
「私が誰か、知っていて狙ったの?」
「し、知らない。何も知らないんだ。
 町で歩いている君らを捕まえるように、ボスに電話で指示されただけだ」
「ボス?」
「この町を牛耳るマフィアだ」
「私を捕まえる理由は?」
「何も聞かされていないんだ」

 ユナが銃口をこめかみに近づける。
 チンピラは、涙を鼻水を流しながら許しを請う。

 どうやら、トカゲのしっぽね。
 本当の犯人につながる情報は聞き出せそうにないわ。

「ところで、やっぱり見ちゃったんだよね?私の……
 だとしたら、やっぱり収縮モードで抹殺するしかないわね」

 私は、思いっきり憐れむ目でチンピラを見下ろす。

「か、勘弁してくれ。みてない、みて、みてない……」
「大丈夫よ。死んでもヴァーゴ社が転生マッチングを手伝ってあげるわ。
 もちろん、転生費用はいただくけどね」

 当然、このような無法地帯で非合法的な誘拐仕事を続けているチンピラに蓄積されるカルマはゼロだ。転生費用など払えるはずもないのは百も承知。

 私はにこやかに微笑むと、ユナに向かって苦笑と共に頷く。

 ユナはモードは切り替えず、確保モードのままトリガーを引いた。
 断末魔と共に、重力井戸に確保されるチンピラ。

「圧縮モードじゃなくて、確保モードのままで、本当に良かったのですか?」

 私の表情を読み取ったユナは、銃をスカートの中に戻しながら聞く。

「まあ、十分恐怖は植え付けてあげたからね。
 触られてたら勘弁しなかったけど。今回は勘弁してあげるわ」

 3つの小さな4次元重力井戸が宙に浮いている。
 その中に、チンピラ3名が、それぞれ恐怖に慄いた表情で捕らわれているのがわかる。

 私は、その3つの井戸をそこら辺にあった空き箱に詰め込むと、しっかり蓋をしてそのまま放置した。

 まあ……あとで四次元警察に回収しに来てもらいましょう。
 誘拐の現行犯だもんね……肉体労働異世界へ島流しって感じかしら?

第24話 お買い物

「とにかく無事でよかった」

 私もハルトも、ようやく落ち着いて胸をなでおろした。

「おれも警戒していたのに、拉致を許してしまうとは……すまない」
「いいえ、私も警戒していたのに……相手は相当の手練れだったわ。
 助けてくれてありがとう」

 私は、ハルトに、そしてユナにもお礼を伝えた。

「それにしても、誘拐の目的がわからないわ。
 金銭目当て?それとも、ヴァーゴCFOと知って狙った犯行?」

 これは最大の問題だ。
 いくらなんでも、今回の出張はトラブルが多すぎる。
 単なる偶然の金銭目当てではないかもしれない。

「これだけいろいろ続くと、一連性を懸念する気持ちはわかる」

 ハルトは顎に手を当てて眉間にしわを寄せる。

「でも、アルゴ・ワールドに来ることは取締役会でも銀行でも、誰にも言っていないからなぁ……」
「たしかに……」
「とにかく、今は考えていても仕方がない。
 この町のマフィアに狙われた危険な状態ということだけは確かだ。
 全員一緒に、リムジンで移動してさっさと用事を済ましちゃおう」

 こうして、私たちは光学迷彩を施したリムジンに乗ると、軍艦をリースしてくれる会社に向かった。

 その間、リムジンで予備服に着替えると、運転をするユナが涙声で謝ってくれた。

「すみません、私が買い物をしていたから……」
「いいのよ。ユナの隠し武器にはいつも助けられているんだから。
 で、今回は何を買ったの?」

 ユナはもじもじ照れながら答えた。

「はい。
 ひとつは、先ほど使った重力子銃です。
 それともう一つ。隕石で作られた日本刀。ずっとほしかったんです。
 それと……九尾鞭も……」

 ……ユナって、武器オタクだったのね。
 ん?九尾鞭って、武器なんだっけ? 

 私はどうしても気になったので質問してみた。

「その鞭は、ユナが使うの?使われるの?」

 ユナは顔を真っ赤にして操縦桿を握りしめる。
 質問には答えてくれなかった。

第25話 南船公司

 アルゴワールドの中でもディープな地域。
 界隈ではブクロと呼ばれている超危険地域だ。

 その中心部に、南船公司というアングラ武器商社のビルが建っていた。

「メイ。大変な目にあったばかりで悪いんだけど……」

 ハルトが申し訳なさそうに私に断りを入れてくる。
 あら、いつもダメダメ星人のハルトにしては、珍しいわね。

「武器商人との交渉にはメイの力が必要だ。
 危険からはおれが守るから、一緒に来てくれるか?」

 いやーん、もう!
 言われなくたってついていくって知っているくせに。
 可愛いんだから、ウブハルトったら。

 こうして、ニッコニコで南船公司に向かう私。

 それにしても、本当にディープなビルね。
 薄暗い廊下。
 灯はところどころ点滅している。今時どんな光源を使っているのかしら?
 元々たくさんのお店がひしめき合っていたと思われるフロアも、ほとんどシャッターが閉まっている。
 そのシャッターには、スプレーで卑猥な落書き。
 足元は油でギトギトして気を抜いたら転んじゃいそうな床。
 たまにネズミが横切っていく。

 ……来るんじゃなかった、かも……

 やがて、一際明るい照明の一角を見つける。
 レトロな電光掲示板に『南船』の文字が見える。

「ここが目的地だ」
「……よく知っているわね。こんなところ」
「ああ。若い頃、正規軍に潜り込むミッションがあってね。
 そのときにここで四次元戦闘機を借りたんだ。
 まあ、当時は相当な無茶をしたもんだが……
 でも、あんな経験も役立つもんだ。今回も、貸してくれると思う」

 そういうと、ハルトは店のブースに入る。

「やあ。調子はどうだい?」
「……旦那。久しぶりだね。まだ生きていたのか?
 無茶ばっかりしているからどこかの戦場でお陀仏かと思っていたよ」
「おいおい、無事に戦闘機を返却しただろう?
 おれは安全な仕事しかしない性格なんだ」

 どうやら、店主はハルトを覚えていたらしい。

「で、今日は何しに来た?」
「ああ。借りたいものがあるんだ。高速戦艦。
 それも最新鋭の一番足が速いやつ」
「実績があるお前さん相手だ……いいよと言いたいところだが……」

 店主の顔が曇る。

「あいにく、さっき大金もらって3隻貸し出したところだ」
「なんだって?」

 私とハルトは目を見合わせた。
 いくらなんでもタイミングが良すぎる。

「それって……どこのどいつだ?」
「おっと顧客情報は漏らさねえ。わかっているだろ?闇稼業の掟だよ」
「確かに……」

 でも、やっぱり……なんて悪いタイミングなの?
 まるで、私たちがこれから戦艦が必要となる場所に行くことを知っていて先手を打って邪魔しに来ているようにも思えるような……
 いやいや、まさかね?
 私だってついさっき行き先を聞いたばっかりなのに?

「……じゃあ、ここはもう在庫はないってことか?」
「申し訳ないが、高速戦艦の在庫はない。高速戦艦は……な。ヒッヒッヒ」

 店主は冷たく言い放ったが、含み笑いを残した。

第26話 メイドの仕事

「高速戦艦の在庫はない……が、高速巡洋艦ならなんとかできるぜ」

 店主がニヤッと笑う。
 戦艦?巡洋艦?よくわかんないけど……
 ハルトは身を乗り出した。

「スペックを教えてくれ。速力と火力、防御力」
「速度は高速戦艦より若干遅い。
 火力はさらに低いね。戦艦に比べたら10%あるかないか。
 防御力はほぼゼロだな。
 戦艦に比べれば、巡洋艦は即沈没だ」

 えー?そんな違いがあるの?
 良いところないんじゃない?

「でも小さいから、小回りは効くんだろ?
 火力と防御力はどうしようもないな。
 せめて、速力を戦艦より高くできないのか?」
「まあ、改造すればできるけどね」
「どんな改造?」
「武器に使うエネルギーを減らして、推進力に割り当てるんだ。
 当然、火力は減るけどな」
「その改造は、そっちでお願いできるのか?」
「勘弁してくれ。それはお客様の自己責任だ。
 もちろん巡洋艦返却時はお客様責任で現状復帰してもらう」

 現状復帰を要求されたということは、改造したとしても返却時には元の状態に戻す必要があるということだ。
 ハルトは少し考えた後、ユナに顔を向けた。

「ユナ。巡洋艦のパワーマネジメント回路の改造が必要だ。
 作業できそうか?」

 えー?そんな無茶振りはないでしょ?

 と思ったんだけどね……

「そうですね。電気回路図面をもらえれば対応は可能です」
「おお、さすがだな」
「はい、元国家一級メイドですので。
 正規軍の軍用艦メンテナンスも仕事の一つです」

 ……ちょっと待って?
 それもメイドの仕事なの?

 ……色々、おかしくない?

第27話 免責保証制度

「じゃあレンタル期間はどうする?」
「そうだな。株主総会を召集して開催するのに1週間……
 余裕を見て、2週間で頼む」
「わかったよ。では……」

 ハルトは店主と具体的なレンタル契約の締結に向けて話を進めていった。

 株主総会?
 また、何か企んでいるようね。
 まあ、それよりも、目の前の問題はコストね……

「……ハルト、レンタル費用のことなんだけど」
「ん?ああ。どうした?」
「この見積書に書いてある、1週間あたり20億カルマって、何かの勘違いかしら?」

 すると、ハルトはすっとぼけた顔で答えた。

「いや、あってるよ。
 正規の軍用艦だからね。これくらいの金額は仕方がないよね。
 メイの権限で決裁できるだろ?」

 何を無邪気に……そりゃ私はCFO。
 累積50億カルマまでなら決裁はできるけど……もしかして……

「……最初から、私をお財布のつもりで連れてきたというわけ?」
「ち、違うよ」

 ハルトが慌てだした。

「メイの分析力、プレゼン能力、交渉能力。そっちに期待してんだよ」

 ……もう。どうだか……

「あ、後、免責保証制度がありますが入りますか?」

 場の空気を読み取らない店主がトドメを打ちにくる。

「免責保証?どういうこと?」
「もしレンタル中に巡洋艦が戦闘などで破損したり沈没した場合の保険です」
「いくらぐらいですか?」
「2週間で10億カルマです」

 ええ!?
 流石の私も目を丸くしちゃったじゃない。

「ちょっと。流石に高すぎでしょ?」
「軍用艦のレンタルですからね。
 それだけ、危険が伴うので保険も高いんです。
 嫌であれば、入らなくても大丈夫ですが……
 その時は破損や沈没した場合の免責額は一つ二つ上がりますよ」

 ……巡洋艦とはいえ正規の軍用艦。
 戦闘に巻き込まれる可能性があることが前提。
 必然的に、保険で賄える範囲は小さい。
 よって、何か生じたときの客側の免責額(自己負担額)は大きい。

 この免責額を免除する制度が免責補償制度。
 これも高い費用ではあるが、何か起きたときに免責額を払うことを考えるとあながち高いとは言っていられない。

 泣く泣く保険に入るしかないか。
 2週間でレンタル費用40億、保険が10億……計50億カルマ?
 これって私の累積決裁権限ギリギリじゃない!

 私はハルトをきっと睨んだ。
 完全に、狙ってやってるでしょ?

「あ、あと、リムジンは巡洋艦の担保に、ここに預けておくからね」
「……」

 それもCFO管轄の会社資産なんですけど?

「もう、覚えてなさいよ。
 この借りはしっかりと返してもらうんだからね!」

 もう。
 かわりに、一晩や二晩じっくり付き合ってもらうから、覚悟しなさいよ?
 バカハルト!

第28話 巡洋艦クルー

 流石に正規の軍用艦。
 ヴァーゴのリムジンのAIに比べると、天と地ほどの質の違いだ。

 まず、AIが形成する仮想人格が複数人いる!

 艦長役、航海長役、砲雷長役、機関長役……

 それらの人格が3Dホログラフでブリッジ内に立体表示されていて、それらが勝手に動いたり会話しながら巡洋艦の運航を始めていた。

『砲雷長、弾薬補給の状況は?』
『90%完了、後10分で完全に完了します』
『航海長、航路の設定はどうだ?』
『四次元ワープ経路の設定は完了です。ブラックホールの情報入力待ち』
『機関長。四次元核融合エンジンのスタンバイ』
『1から4号エンジン着火完了しています』

 うわー……何言ってるか全然わかんないけど、本格的ね。
 でも、これが超優良AIから生み出された複数人格同士の会話なのね。
 なんだか、自作自演を見ているみたいで滑稽なんですけど……

 まあ、でもこのAIのおかげで、軍人が一人もいなくても何とか軍用艦を運航することができるんだから、まあ科学も変な方向に発展しちゃったものよね。

『提督、出棺準備完了しました』
「艦長ご苦労。では、出発しよう」
『提督、アイアイサー』

 ……ハルト提督?
 もう、意外とこういうのり好きなのね?

『それでは、アンドロメダ・ワールドに向けて、出航』
『『『アイアイサー』』』

 ハルトは、ブリッジの提督席にドカッと座って満足げに興奮している。

 ……やっぱり、なんだかんだいって、男の子よね……

第29話 CIC

「ハルト。やっぱり軍用艦のデータベースはすごいわ」

 CIC(戦闘指揮所)で調べ物をしていたんだけどね。
 情報量がすごい。

「これを見て。ターゲットとなるアンドロメダAGの企業情報よ」
「おお。さすがに戦時中の主要企業の情報を持ち合わせているんだ」
「財務情報、労働関係、契約関係、顧客状況、調達体制……
 もうDDできるレベルの情報じゃない?これ!」

 DDとはデューデリジェンスのこと。
 企業買収の際に行う、対象企業を洗いざらい調査することを言う。

 本来、M&A実行部隊の私たちは、買収する際にはその企業に行って、ビジネス、財務、法務、税務といろんな観点から調査を行うのが通常なんだけど……

「たしかに、すでにこれだけの情報が見れるのであれば、DDもスムーズにできちゃいそうだな」
「株主情報もあるわ。
 筆頭株主はヘルメス社ね。
 買収するんだから、まずは筆頭株主の説得に行くんでしょ?」

 すると、ハルトはにやっと笑った。

「いや。実は単なる買収ではないことを考えているんだ。
 今、検証中なんだけど、もし可能性があるなら……
 まずはアンドロメダAGのCEO本人に会いに行こうと思う」
「あら、そうなの?」

 ハルトは何かアイデアがあるらしい。
 検証終わったら教えてもらおう。

 それよりも、今は…… 

「ねえ。ここのAIにお願いしたら、DDレポートやプレゼンも作ってくれちゃうんじゃないかと思うんだけど」
「え?マジで?」
「やってみていい?」
「あ、ああ」 

 私は、わくわくしながらAIに声をかける。

「ねえ。AIさん。アンドロメダAGのDDレポートを作ってくれない?
 とりあえずビジネスDD、財務DD、法務DD、税務DDの四つ」

 私は満面の笑みでAIに指示を出した。
 しかし……

『……えーっと、メイさんでしたっけ?
 今は軍事行動中ですので、プライベート利用はお控えください』

 ……なんですって?
 何?この冷たい反応。
 この船、私の決裁でリースしているんですけど?
 それなのに、プライベート利用ですって?

 むかつくわね、このAI……

 私は、ほっぺたを思いっきり膨らませて、目に涙をあふれさせながらハルトに抗議の視線を向ける。

「わかった、わかったよ」

 ハルトは苦笑いしながら、AIを諭してくれた。

「艦長。これも軍事作戦立案に必要な情報だ。
 最優先で対応してほしい」
『提督。アイアイサー。すぐに対応します』

 ハルトが言うとすぐに対応するAI。
 ……それはそれで、むかつくわね。
 なによ、この待遇の違い。

第30話 DDレポート

 DDレポートは1時間もせずに作成された。
 さすが、軍用AI。
 本気になるとすごい能力ね。

「売り上げは約4兆カルマ。
 これだけ見ると、なかなかの業績だけど……」
「もともと8兆カルマ売り上げていたのに、ここ数年で約半減だ」
「おかげで利益もだいぶ減っちゃっている」
「キャッシュフローを見てごらん」

 あ。
 営業キャッシュフロー1兆カルマ。
 投資キャッシュフローもほぼ1兆カルマ。
 キャッシュフローはほぼ出ていない。

「ここまでは、事前に調査済みだ。
 問題は、どうしてここまで売り上げが落ちたか。
 どうすれば回復するか」
「私たちヴァーゴがアンドロメダAGと一緒になって、経営対策を打たなきゃいけないということね」
「そういうこと。一度、メイの目から見て、経営分析してくれないかな?」

 このように、ハルトに頼まれて、嫌とは言えないわね。
 ていうか、まさにこれってCFOの役割だしね。

「わかったわ。これだけ情報があるならいろいろと仮説検証もできる。
 AIがきちんと働いてくれれば、対応できると思うわよ。
 アンドロメダ・ワールドに着くまでにプレゼンを作っておくわね」
「ありがとう、助かるよ」

 さーて、あと何時間あるかしら?
 腕が鳴るわね。

 こうして、分析と対策案検証に没頭した私。
 かたっぱしからアイデアをAIに検証させる。

 うーん。
 やっぱり、今の転生者平均カルマ水準の分布が低くなりすぎている。
 この水準を上げるには……
 
 あれもだめ。これもだめ。

「もう。なかなか難問ね」

 これは、根本的な市場構造自体を変えないと、改善できないのでは?

 つまり……無秩序に拡大を続ける宇宙戦争の規模を制御しないと……

 でも、どうやって?
 異世界運営が形骸化しているのに、戦争の状況を制御するなんて……

 そう思いながら経費明細をチェックしていると、意外な支出が目に入ってきた。

「販売促進費とはなっているけど。
 武器商人への支出……
 傭兵部隊への支出……
 なにこれ。転生リクルート会社の販促がなんで……」

 私は投資項目をチェックする。

 年間1兆円の投資、そのうち半分は艦船。
 それも軍用艦の運用だ。

「まさか……アンドロメダAGは、直接戦争に介入しているっていうの?」

 私は、混乱する頭を整理しようと、ウイスキーを少量口に含む。

 他の資料にも目を通す。
 でも……多分間違いない。

「戦争を抑制するために、直接介入しているんだ」

 私は、さすがにアンドロメダAGの大胆な行為に驚き震えを隠せない。
 これはとんでもなく勇気が必要な無茶な取り組みだ。

 でも……その前提であれば、話は変わる。
 ヴァーゴと一緒になれば抜本的な対策が打てるかもしれない。

 直接介入で戦争状況の制御、できれば停戦。
 その後の市場再構築。
  
 面白くなってきたわね。

「AI、こういう感じで3Dプレゼンを整えてくれる?」

 私は自分のアイデアをAIに伝える。
 なんとか、プレゼンの完成は間に合いそうね。

第31話 アンドロメダ・ワールド

 高速巡洋艦が四次元空間からワープアウト。
 アンドロメダ・ワールドに突入した。

 満天の星々が煌めく宇宙空間。
 煌めく……きらめく……ん!?

「いや、これ、星の煌めきじゃないよね?」

 どの光もパッと明るく輝いたかと思うと静かに消える。
 よく目を凝らすと、小さな光の矢が無数に飛び交っている。

「気をつけろ。もう、ここは戦闘区域だ」
「ええー!?」

 どうやら、光の矢は重力子魚雷やレーザー砲が飛来する光。
 瞬く大きな光は戦艦が被弾した時の閃光らしい。

「もう、宇宙戦争の真っただ中に飛び込んだってこと?」
「仕方がない。この異世界は非戦闘区域の方がむしろ少ないくらいだ」

 もう、勘弁してよね。

「艦長。戦闘に巻き込まれないように、戦艦密度が低い宙域にルートを」
『アイアイサー』

 それでも、光の矢は四方八方に飛び回っている。
 AIは小刻みに巡洋艦の軌道を調整し、それらの光に当たらないように、そして戦艦たちに囲まれないように、慎重に戦場を駆け抜けていった。

 幸い、大した火力を持たない巡洋艦だ。
 執拗に追い回してくるような戦艦はいないようだ。
 なんとか、過密な戦場を潜り抜ける。

「やっと、戦場を抜けたか?」

 目の前には大きな黒い領域が広がる。
 そこには、戦艦が被弾する閃光も魚雷の光もない。
 
 ……あれ?それにしても、暗すぎない?

 すると、AIが答えた。

『はい。アンドロメダ・ワールドの中心部に近づいてます』
「中心部は戦闘はないのか?」
『はい。目の前は世界最大級のブラックホールです。
 これ以上近づくと飲み込まれます。
 通常はこの付近では戦闘は行われません』

 ……ちょっと待ってよ?

「ぶ、ぶ、ブラックホール?」

 私はユナと目を見合わせる。

「ちょっと。じゃあ、私たちも早く反転しないと……」
『安心してください。
 まだこの距離であれば吸い込まれずにブラックホールを周回する低軌道に乗ることができます。
 そして、その軌道上に設置されたコロニーが目的地。
 アンドロメダAGの本社になります』

 ……もう、あきれるしかない。

 ブラックホールの低周回軌道に本社を立てるなんて、どんな変人かしら?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?