連載小説「転生ビジネス・カオスマップ」第七部 第10話 のれん
『のれん』とは、M&Aを行う際の、買収価格と買収対象会社の時価価値との差額だ。
通常は、買収価格の方が、対象会社の時価価値より高いことが多い。
そうでないと、売る側にとって売る理由がないもんね。
では、買収側は、高く買っても良い理由は?
それは、買収後のシナジー実現で、時価以上の価値を創出できるから。
その分を織り込んでもしっかり回収できると判断した場合に、買収は成立するの。
そして、その差額の『のれん』は、会社の資産として計上されるのよね。
「当然、のれんも予定通り回収できます」
私は堂々と言い切る。
銀行相手に、たぶんとか、おそらくとか、あやふやな表現を使うことは逆効果だ。揚げ足撮られるだけなので、腹をくくって言い切るしかない。
しかし、もし計画通りの回収効果が出なかった場合、計上された『のれん』は減損によって価値をゼロ化する必要がある。
つまり、そのときには大きな損失が発生してしまう。
銀行は、それを融資を断る理由の一つに挙げている。
「お気持ちはわかりますが、まだ確実に回収できるか確信は持てません」
ケンタウリSA買収直後だ。
確信が持てないと言われても、確実だといえる証拠は出せないに決まっている。
つまり、銀行からすれば、『次の大型買収は、もう少し様子を見て、のれん回収のめどが立ってからでいいんじゃないのか?』ということなんでしょ?
正論ではあるわ。
取締役会でも同じことを言われたしね。
通常の借り入れ交渉をしていても埒が明かないことは明白。
でも、そんなことは百も承知よ。
(私たちは卓上でビジネス教科書を書いているわけじゃない。
競争相手を出し抜き先手を取らなきゃ負けちゃうのよね。
ビジネスの現場を知らない銀行さんには、わかんないでしょ?
あっかんべ~)
私は笑顔を絶やさず、心の中で思いっきりそう叫ぶと、大きく深呼吸をした。
(……ってことで、このあとのM&Aファイナンス交渉は任せるわよ)
私は、ハルトに視線を向けると、軽くウインクして見せた。
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