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落下する写真家!?  じっと手を見る

撮影した写真でお金を貰ったことはない。
というわけじゃないけど、自分を写真家と名乗ったこともないし思ったこともない。
それ以前に写真家という言葉さえ浮かんでこない。
生きることの一部としてのただの写真撮りである。
そんなワタシが始めて唯一「もしかしてオレは写真家かもしれない」と思った瞬間だった。

その日も「いつもの森」へカメラをもって踏み入った。
車を降りたときから、いつもウブな感性に連れられてフラフラと彷徨う。
すぐに今シーズン始めてのチャバネセセリに出会う。
いきなりしゃがみ込み膝をつき、そっと近づく。
翅が一番キレイな光を捉えるためアングルを少しづつかえる。
背景とファインダーの4隅を確認して静かにシャッターを押す。
ありふれた蝶だけど今年も出会えたことを喜ぶ。

今こうして思い出してテキストにしているのだけど、その時に言葉はない。
言葉どころか考えも呼吸も忘れて、無心で一連の動作を行っている。

15分蝶と戯れ、満足して歩きだす。
歩きだしてすぐに、なんでもないトキワハゼという花に足を止める。
目に入ったのは光をちょうどよい具合にうけて輝いているから。
同時に背景の確認もしていた。陰っていてかなり暗い。
おもむろにファインダーを覗き花の紫に露出をあわせると背景がさらに暗くなり主人公が浮かび上がる。
花びらの面白い形と明るい紫、コケティッシュなオレンジのドットに笑みが溢れる。
満足してあるき出す。

3分も歩かないうちに満開のタニウツギが咲く。
舞台に黒くて派手なアゲハ舞う。
オナガアゲハとジャコウアゲハのダンスである。
30分以上踊るように飛ぶ蝶を見上げ、口を開けて連写していた。
多分よだれはたらしてないと思うのだが、自信はない。
キリがないな、まだ100メートルも歩いてないのに。

暑くもなく、寒くもない。
花は咲き、蝶は飛ぶ。
なんて素敵な日なんだろう。
珍しくもないコミスジにも足をとめる。
エゴノキやうつぎの花も一番キレイなアングルで撮ってあげる。
煩わしい日常など少しも思い出さない。
権力に囚われる人々に怒っていた自分をちっぽけだと思える。
やっぱりこの森は最高だ。
こんな日は危ない、なんて思いもせずにただ浮かれ写真を撮っていた、、、

感性に操られたまま、前にすすめない。
そこに大きな蝶がフワリと現れた。
これまた今期始めての出会いのクロコノマチョウだった。
今日はほんとうにいいねぇ。
別に珍しい蝶ではないのだけど、やっぱり初出会いは嬉しい。

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ほんの1m先の葉にとまった。
とりあえず1枚。ちょっとアングルが悪いよなぁ。
道にそって右に回り込む。こんどは背景がいまいちだよ。
もう少しローアングルから見てみたいし。

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これは蝶の左に回り込むべきだな。うん。
川沿いの土手の枯れ草の上を歩いけば左から撮れる。
ちょっと困難そうだけどいってみるか、なんてこともあまり思わずに左に回り込む。
土手から回り込む、、、はずだったのだが、ど、土手がなかった。
枯れ草は割れて、ワタシは消えた。
・・・きっと、観ている人がいたら突然消えたように見えたに違いない。
草刈りあとの枯れ葉がフワリと捨ててあっただけの落とし穴にひっかかったのだ。

画像3

右手にはカメラ、左手はとっさに何かをつかもうと手を伸ばした。
手にひっかかったのはガードレールだった。
手にやさしい丸く折り曲げられたトップ部分だはなく、その下の鉄の板。
あつさ2-3ミリの鉄板を指でつかみぶら下がった。

あ、落ちたんだ。
どうしよう。
人はいない。
とりあえず、カメラを置こう。
道のレベルが目の高さになっている。
ガードレールが建てられたコンクリートの土台にカメラを置く。
何やってるんだろう。
もう終わりかな。
もう少し撮りたかったなぁ。
クロコノマチョウでこのザマかぁ。
もうちょっと珍しい蝶なら。
痛い、左手が痛すぎる。
やっぱ死ぬのはコロナじゃなかったか。
いろいろ思いが駆け巡る。
何も考えずにアングルを求めるなんて、、、
もしかして、、本物の写真家かもしれないな。
そう考えたときには左手が限界に達していた。
耐えられたのは多分10秒か、ながくて15秒だった。
もうどうなってもいいや。とも思わないまま、
ガードレールにひっかかった左手が力尽き離れる。
ふぅ、おわった、、、オレは戦場写真家かよ、、、みたいな、、、

今度こそほんとに落ちたと思った瞬間に地面に立っていた。
ぶら下がった足の裏の地面の隙間は5センチだったようだ。
笑っていた。ヘラヘラ笑いだった。
哀しく笑いながら2メートルの崖を這いずり上がった。
這いずりあがり、クロコノマチョウのほうを観た。
もういなかった。
え、なんで見ているんだ?
何を見ているのだろうと我に帰る。
ズキンとした痛みを感じた。
じっと左手をみると血まみれだった。
あぁ、やっちまった、いまごろ現実に戻る。
指を動かしてみる。
骨や筋はやられてないな。外傷ですんだか。
膿むかな、汚れたガードレールを見つめる。
近くの小さなセセラギで左手を洗うと激しい痛みが走った。
サラサラ流れる透き通った水に一筋の血がながれた。
痛みを感じ目を閉じる。
オオルリが鳴いていた。
ウグイスも鳴いていた。ホーホケキョ。
少し痛みに慣れた。
木漏れ日が漏れ、やわらかな光に包まれるのがわかった。

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ここまできて始めて「危険注意」って看板が目に入った。
まったく気が付かなかった。
オレってバカかな?バカだよな。
夢中になりすぎだろ。
小学生かよ、リアルな年齢がよぎった。
バカを受け入れる理性はある年齢だった。
でもちょっと、バカを喜んでいる自分もいた。
写真を撮ることに夢中になって、落下するバカってちょっと凄くないか?
少し、いやかなり自慢げになっている自分に苦笑する。
天を仰ぐ。
空が高い。
高くて青い。
やっぱり素敵な一日だ。
左手は痛いけど、それさえ我慢すればまだ写真が撮れるかな。
治療のため今日は帰ろうなんて浮かばない。
また立ち上がり感性のままにフラフラ歩くオッサンがいた。


こうしてまだ生きている。


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