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湧水や神社に注目すると自分の住む街がもっと好きになるーミニ読書感想「中央線がなかったら」(陣内秀信さん、三浦展さん)

陣内秀信さん・三浦展さんによる「中央線がなかったら 見えてくる東京の古層」(ちくま文庫)が面白く、発見の多い一冊だった。タイトル通り、新宿以西の中野区や杉並区、そして多摩地域について、メジャーな中央線各駅の周辺「ではないところ」に目を向ける一冊。でも、中央線住民のみならず楽しめること請け合いだ。本書は、自分の住む街を楽しむ方法を教えてくれるから。


なぜ、本書のタイトルは「中央線がなかったら」なのか?それは、実は中央線とは古代、中世に栄えていた地域とは離れた、ある種「どうでもいい場所」に近代になって作られたからだ。つまり中央線というファクターを引き剥がすことで、各地域に古来から根付いてきた文化や歴史が見えてくる。

この事実自体がまず驚きだ。言われてみると確かに、青梅街道など幹線道路と中央線はかなり離れた位置にある。さらに、昔ながらの住宅街も各駅から徒歩15分程度歩いたところにあるし、中央線が後付けであったことは聞くに納得できる話ではある。

では、中央線がなかった街を楽しむには、どうすれば良いのか。街歩きのコツを、本書は伝授してくれる。

それは、古来の神社や寺社とそこにつながる参道に目を向けること。府中市の大国魂神社など、神社は今で言う市役所でありデパートであった。要するに街の中心。参道はアーケードかつ幹線道路で、神社にモノを運ぶために合理的に発展していったものだ。

また、湧水も注目のポイント。昔はいまのように上下水道は整備されておらず、水源は生活の必需品。また、暗渠や用水路など、水が流れる痕跡も昔の街の姿を頭に描くヒントになる。

他にも、高台にあるものや、遺跡の跡、地主の家などに着目すると、中央線がなかったときの伝統的な街並みをイメージできる。

こうした着眼点は、中央線以外にも活かせるはずだ。現に、これらのポイントは著者がイタリアの都市研究から援用してきたそうで、普遍的要素がある。

いまや中央線沿線地域は、中央線なしの生活など考えられないし、中央線が文化経済活動の文字通り中心になっている。しかし、実はその歴史は浅い。中央線の街は、中央線がなかった頃の時間の方が長い。つまり、文化も歴史も、中央線がない頃のものの方が厚く、堆積している。

それはつまり、あらゆる街に、文化の古層が眠っているということ。そしてそれに気付く方が街を知れるし、好きになれるということだ。

一見、とんでもなくローカルなテーマでありながら、とてつもなく本質的な学びが本書にはあった。

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