見出し画像

チートだらけの世界を吹き飛ばすエンタメ小説の新たな傑作ーミニ読書感想「競争の番人」(新川帆立さん)

新川帆立さんの最新小説「競争の番人」(講談社)が痛快だった。「元彼の遺言状」が話題となっている著者が今回選んだ題材は、公正取引委員会(公取)。マイナーで聞き慣れないこの組織は、商取引における不公正や「ズル」を暴き、処分する国の機関だ。でも面白いのは、公取が弱小官庁であること。警察や検察に比べて力がなく、苦労の連続。そんな「弱いヒーロー」が、チートだらけのこの世界に立ち向かっていく姿に、なんだか冴えない自分が勇気付けられる気がするのだ。


時代はどちらかというと、チート全盛だ。「いかにして競争に勝つか」が多くのビジネス書のテーマであり、効率的に、圧倒的に勝てるならなお良い。「誰も知らない勝ち筋」を教える情報商材は相変わらず流行っている。勝つために手段は選ばなくていいし、チートを駆使しても勝った人間が偉いような、そんな空気が漂っているような気がしている。

本書は公取の若手職員の奮闘を通じて、そんな空気を思いっきりぶっ壊しにきている。だから痛快だ。

メインとなる事件は、ある地方都市のウエディング業界の闇。式場となる複数のホテル業者がこぞって値上げをしていて、消費者に不利益が生じている疑いがある。これは公取的には「カルテル」と呼ばれる不正行為だ。さらに、結婚式のお花を納入する地元の花屋に理不尽な要求をする「下請けいじめ」も疑われている。

この不正を正義感のある誰かが告発し、公取が悪を裁く!…というふうにはいかない。それが面白い。

まず、不正に巻き込まれた花屋などの「弱い立場の人間」は、生き残るために不正を黙認しようとする。公取に協力しようと決意しても、そのあと再びホテル側の権力者の庇護に入ろうとしたり、迷い揺れる。

さらに公取が弱い。たとえば、警察などとは違い、公取は強制的な立ち入り捜査ができず、ホテル側が拒否したら資料の押収が出来ずにノコノコ帰ることになる。

チートをする側が強く、正義を望む側が弱い。現実社会そのものの構図。それでもめげずに立ち向かう主人公たちを、思わず応援したくなる。前進すれば「よっしゃ」と思うし、トラブルに巻き込まれると泣きたくなる。

このどストレートな物語に、クセのあるキャラクターを絡ませるのが新川流だと思う。「元彼の遺言状」では主人公の女性弁護士がいい感じに「嫌な奴」で面白かったが、本作では主人公バディのうち1人は焦ったくなるほどのお人好しで、もう1人はむかっとくるような天才エリート。特に天才くんの方が「憎めない」ではなく「普通に憎たらしい」のが良い。

正義は必ず勝つものではないし、主人公は聖人君子ばかりではない。そんなひねくれたテイストを持ちつつ、「これはきっとハッピーエンドになるだろう」と信じられる、真っ直ぐさがある。まさにエンタメである。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,462件

#読書感想文

188,091件

万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。