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現実を追い越してくれる物語ー読書感想「ポストコロナのSF」(日本SF作家クラブ編)

閉塞した現実社会を、追い越してくれる物語を見せてーーそんな願いを叶えてくれる短編集が「ポストコロナのSF」でした。19人の小説家が参加し、新型コロナウイルス感染症の流行後の世界を共通テーマに置いている。パラレルワールドから遠い未来、コメディタッチもあればスペースオペラも。コロナの一語からこれほど広い世界が創造できる。そのことに驚き、希望を抱けました。日本SF作家クラブ編。ハヤカワ文庫JA、2021年4月25日初版。


序文がシビれる

本書はまず池澤春菜・日本SF作家クラブ会長のまえがきがシビれる。

 事実は小説よりも奇なり、なんて冗談じゃない。(p7)

書き出しに深く頷いた。そう、冗談じゃない。新型コロナの流行は小説のようにあり得ない展開の連続。でも小説とは違って、胸熱な主人公の活躍も、劇的などんでん返しもない。これが現実なんだと嘆息させられる毎日だ。

 (中略)だったら小説に、もう一度追い越して貰おう。
 アフターコロナの世界を、今日本で活躍する19人のSF作家が描き出す。きっとそこには、今わたしたちが必要とするものがあるはずだ。ハッピーエンドでなくとも構わない。
 作家は預言者である必要はない。むしろ一つの未来ではなく、たくさんのあり得たかもしれない未来を見せて欲しい。現実の重さに萎縮しがちなわたしたちの想像力の地平を広げて欲しい。
 そして胸をはって言ってやろう。「ほらね、小説は事実よりずっとずっと奇なり、だよ」と。(p8)

そしてこう結ばれ、再び深く頷く。うん、ぜひとも追い越して欲しい。そんな作品がこの後に待っているのかと、胸が高なる。

作家は預言者ではないというのも、その通り。今見たいのは預言・予言ではない。約束された未来がどれほど実現困難か見てきた。そうではなくて、現実に足がすくむ私たちに「人間の想像力はそんなものではないよ」と言ってほしい。たくさんのあり得る可能性、あり得た可能性を見せてほしい。


ほんの一歩の大きな変化

そしてページをめくると第一走者、小川哲さんの「黄金の書物」。これがまた「そう来るか」という驚きがあり、頭をガツンと打たれた。

主人公は海外出張の多い仕事に就く女性。あるとき大学の同級生から、出張先のドイツである人物と会ってほしいと言われる。気の進まないまま会うと、男性から依頼されたのは古書の日本への持ち込みだった。こうして女性は「運び屋」になったのだが、そこにコロナ禍が訪れて・・・というあらすじになる。

一見するとSFというより、ミステリーの趣きが深い。しかし読み進めるとその不穏さは独特の浮遊感があり、ラストは一気に連れ去られてしまう。

ポストコロナ、想像力。そう言われると、遥か彼方の未来や別世界をイメージしていたのだけれど、こういう想像力もあるんだなと思わされる。現実とほとんど隣り合わせの世界で、少しだけ奇妙な選択。それを目の当たりにしたとき、ああ自分の生活でも少しの一歩が大きな変化を招くのかもしれない、と気付く。

爽やかな気付きだ。そしてこの予想外の想像力こそ、ポストコロナのSFにふさわしい作品だなと感じた。


どんな世界が待っているだろう

その後の作品も十人十色。

柴田勝家さんの「オンライン福男」は、新年行事として有名な福男選びのレースがオンライン化され、それが恒例行事になった未来を描く。オンライン上なので、さまざまな「チート」が登場する。チートへの対策、それを上回るチートや正攻法での正面突破。オンラインが加速した先のカルチャーは、こんなふうに面白くなるのかもしれないとワクワクした。

菅浩江さんの「砂場」も印象的だった。遠い未来、多くの感染症を経験した人類は「カクテル」と呼ぶ多種混合ワクチンを子どもに摂取させる。それでもウイルスへの忌避感情の大きい人は「カバード」と呼ばれ、全身を膜で覆うような格好をして、「宇宙人」だと蔑視される。ウイルス対策もまた一つのカルチャーになり得るし、それが浸透した世界はどうなるのか、不安になった。

こんな世界もある、こんな未来もある。感情が揺さぶられ、想像力の多様さに驚くほど、実は現実もまた、さまざまな世界に分岐しているのだろうということに気付く。それを思うように選択はできなくても、選択することがさまざまな世界につながっていくと感じることは、閉塞した日常を少し開けたものにしてくれた。

本書に解決策はない。その代わり、たくさんの窓があった。


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