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脳に対する認識と人生への向き合い方が変わる本ーミニ読書感想「脳は世界をどう見ているのか」(ジェフ・ホーキンスさん)

起業家で科学者のジェフ・ホーキンスさんが著した「脳は世界をどう見ているのか」(早川書房)が非常に面白く、また、胸を揺さぶられる一冊だった。本書は科学ノンフィクションであり、人間讃歌でもある。脳の認知のグランドセオリーとなる「1000の脳理論」を易しい言葉で説明してくれると共に、私たちは自らの脳をどう扱い、ひいてはこの社会、この世界になにを残していけば良いかを問いかける。人間が賢い生き物であり、より良い生き方ができるのだと力強いメッセージをくれた。


本書は、タイトル通り脳が世界をどう認識しているかを解き明かすことを目的にする。私たちが何気なくやっている、見たり触れたりしてあるモノが何かを理解したり、「民主主義」や「国家」といった概念を考えたりするメカニズムを説明しようとする。

著者はこの作業を、「地動説」を説くようなものだと言う。地球と太陽の関係や、複雑な天体の動きを、個別に観測し予測することは極めて困難だった。しかし、地動説という大きな理論が構築されたことで、天体の動きは素人にも一定理解できるようになった。いまや小学生の理科でも学習するような内容だ。

「人間の脳の動きを完全に説明することは困難」だと言われる。それでも著者は、根源的な理論があるはずだと信じて研究してきた。

あまりにも高い目標なので、周囲の理解が得られたわけではない。大学にぴったりの研究室がなかったため、著者はまずはデジタル分野で起業し、成功を収めて獲得した資金を投じて、脳神経科学を突き詰めて研究するスタートアップを自ら作り出した。この執念、努力。大いなる理論があると信じて歩き続けた著者の姿勢に、胸が熱くなる。

そして辿り着いたのが、「1000の脳理論」。原始的な脳に覆いかぶさる形で発達した人間の新皮質では、一つ一つの神経が外界の物事を「座標」に位置付けて認識しているという考え方だ。

たとえば、いまこうしてブログを書いている携帯電話と指の位置関係を、新皮質は脳内の座標に当てはめて「右手で携帯を持っている」と理解し、「親指を動かすと画面に文字が入力される」と予測する。まるで脳内に地図があり、一つ一つの区画の管理をそれぞれの神経が担当しているようなものだ。

この理論を使えば、人間がこれほどたくさんの物事を学習し、必要に応じて知識を活用できる理由を説明できる。私たちは携帯電話そのものを理解しているというより、脳内の地図を管理する神経が、それぞれの座標に合致するものを携帯電話だと推測していることになる。神経一つ一つの役割は小さいが、互いが協同することで複雑で多数の物事にも対応できるということだ。

たぶんこの拙い説明で「1000の脳理論」が何かについてブログを読んでくださる方には全く伝わらないと思うが、これだけ熱弁したくなるほど衝撃の強い内容だったことは伝わってほしいと願う。

著者は「1000の脳理論」を突き詰めていけば、いつか、脳の仕組み全体が完全な形で理解できる日が来ると断言する。その上で、脳を模した機械は作れるのか、万能なAIは誕生するのか、させてよいのか、シンギュラリティ(人間を超える機械の知能爆発)は起こるのか、などなど、さまざまな課題について考える。

このパートが一つ一つ刺激的で、人によって感動するポイントは違うだろう。

その中で自分は、「私たちははるか先の未来、はるか遠くの宇宙に向けて知識を残すべきだ」という著者のメッセージが胸に残った。

新皮質の下にある、原始からの「旧い脳」は、私たちに遺伝子を残すことを至上命題に課した。だからこそ性的な話題は現代においても不可避であるし、国家間の戦争も突き詰めればこの「生存本能」が由来している。

しかし「1000の脳理論」によれば新皮質は、さまざまな物事を座標に落とし込み、協働によって物事を理解する仕組みを選んだ。これは言い換えれば、原始的な脳が駆り立てる生存本能を、民主的で知識に基づく方法でコントロールしようと努力していると言える。

座標を増やすということは、知識を増やすということだ。私たちは遺伝子を後世に残す以外に、学んだことを共有し、他人や、次世代の脳に必要な座標をバトンパスしていくことができる。知識とは、人間が生み出したもう一つの遺伝子だと言えるのだ。(ドーキンス博士の言うミームに近い)

著者はさらに視座を高くし、たとえ人類が滅亡しても、地球が居住不能な環境になっても、その先の未来で生まれる知的生命体に向けて、レガシーとなる知識を残していくことが必要だと説く。そうした遠大な営みについて考えることで、いまの私たちの生き方も変わっていくはずだという期待も込められている。

私は著者の考えに賛同したい。著者が本書で伝えてくれた「1000の脳理論」を、その発見と感動を、私は引き継いでいきたいと強く思った。

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