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ルールがなければ成り立たない人間社会の危うさ

 朝8:00。無人直売所の激安豆腐を買いに出掛ける。歩いて行くと往復で一万歩弱、ウォーキングにはちょうどいい距離だ。
 風にかなり湿気がある。予報より、雨は早く降るのかも知れない。束の間だけでも風にあてようと、ベランダに洗濯物を干して出たので、少し急いだほうが良さそうだ。豆腐だけ買って寄り道せずに帰らなくては。

 ーーが、残念ながら今日は豆腐は買えなかった。一歩、遅かった。手前の客がカゴいっぱいに買い占めて行ったのである。早い者勝ちとはいえ、私も後ろの客も苦笑いするしかない。

 買っていったのは高齢夫婦であったが、豆腐を何十丁もどうするのだろう。麻婆豆腐屋でも始める気か。それとも知人らに転売して小銭稼ぎでもしているのか。いやいや、きっとボランティア精神で、ホームレスやら貧しい人々に無料で豆腐を配ってやっているに違いないーー。(違うだろうな)

 こういうことは前にもあった。するとそれは「間もなく」なのである。近いうちにこの直売所には「お一人様何個まで」というバカバカしい貼り紙が登場することだろう。
 ちゃんと出来る人々にはルールは必要ない。出来ない人のためにルールは存在する。「静かにして下さい」とか「入ってはいけません」とか「触ると危険です」とか、わざわざ教えてあげなくてはいけないのである。


 私の住む街にはルールがたくさん存在する。近所にも「○○禁止」とか、あちこちに看板を立てまくって地域を美化したつもりでいる自治体のおっさん連中がいるが、とんだ勘違いだ。

 ルールが多い街、注意書きが多い街、それらはそこに住む人々の「品位の低さ」を反映しているものである。もしも飲食店に入って「つまようじはひとり1本まで!」などという貼り紙があったら、客層が知れるというもんである。私の周りはそんなのばかりだ。「トイレにペットのふんを捨てないで下さい!」「ビニール袋を持ち去らないで下さい!」「タバコは禁止です!電子タバコも禁止です!」「スケートボード禁止!」「大音量禁止!」「公園の木を折らないで下さい!」「夜間駐車禁止!」「ここでたき火をしないで下さい」「電柱を蹴らないで下さい!」「白線より前に出ないで下さい!」「商品を開封しないで下さい」「バナナをつぶさないで!」「スイカを叩かないで!」「ボタンを押さないで下さい。店長が爆発します」

 人類の知能なんてそんなもんなんだね。自分をコントロール出来ない人間は、ルールを決めて他人から縛ってもらわなければならない。いわば世間の奴隷になるのである。犯罪者が警察を恐れ、法律を厭い、世間から逃げまわっているのはそういうことだ。
 こそこそと悪いことをして、それで得した気分でいるくせに、いざバレたとなると「知らなかった」なんて言ったりする。「花壇の花を摘んではいけないとは知らなかった」「80キロ制限だとは知らなかった」「落書きが罪に問われるとは知らなかった」「未成年だとは思わなかった」「自分の他にも豆腐を買いたい人がいるとは知らなかった」「こんなことになるとは不思議だ。誰かが自分に何かをしようとしたのではないか?」そう言って驚いた顔をして見せたり、ショックを受けたり、パニックを起こしたり、なんの根拠もなく「許してもらおう」とするのが彼らだ。世間が見逃してくれれば丸く収まる、というのが犯罪者の理論である。

 まともな人間はそもそも、法律など一切知らなくても、法に触れることはない。自分の物でない物を盗ったりはしないし、破壊したりしないし、他の権利を害したいとは思わないのである。自分を律する者に、警察や法律は必要ないのである。

 だが実際、我々の社会は法に頼り秩序を保っている。ルールに縛られなければ自分を罪から守ることの出来ない人々が、いかに多いかということだ。
 試しに、「なぜ人を殺してはいけないのか」周囲に訊いてみるといい。たいがい黙り込んでしまうことだろう。あるいは「人を殺してはいけないなんていう法律はないよ。殺しちゃったら罰則があるというだけで」と尤もらしいことを答えるバカもいるだろう。どうであれ、道理を理解していない者で構成された我々の社会である。
 他の命を軽視する人ばかりで構成された社会では、やがて自分の命も成り立たなくなる。誰かを殺してもOKな世の中では、自分も殺されてしまうのであるからして。
 そんな当たり前の道理にも答えられず「罪を犯してはいけないよ。なぜなら通報されてしまうからね」という思考停止人間で、法治国家は成り立っているのだ。この危うさよ。


 さて、豆腐が買えなかったおかげで、なんとなく手持ち無沙汰になってしまった。空手では帰りたくないものである。だが仕方がない、遠回りして公園の草木でも愛でながら帰ろうか。

 そうして、自宅からだいぶ離れた場所でポツリポツリと雨が降りだすーー。ああ、そうだった、洗濯物だ。
 家に帰ったら貼り紙をしよう。「寄り道厳禁!」てところか。






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