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「お父さんは猫になりたい」

 自動ドアに挟まる夢を見た。コンビニかそれとも電車の扉か知らないが、あってはいけないような不規則な動きをするドアで、私の他にも続々と人間が挟まれてゆく。
「こんなん笑うわ」ーー関西弁で私が言う。

 英語で夢を見ることはあるが、関西弁バージョンははじめてである。夢の中とはいえ習ったこともない関西弁で(挟まった)感想を言ってのけるとは、自分の言語感覚に感心する。(現実ではひどい東北弁であるが)
 時刻はまだ4時前であった。起きるには早いがもう眠れもしない。結局1時間以上も薄暗がりの中にいて、夢とうつつを行ったり来たり、なんとも中途半端な時間を過ごすはめになってしまった。(ーー自動ドアめ!)

 ゴミ捨てに出た時、右足の親指が痛むことに気付く。深爪をする癖があるので、そこにウォーキングの圧がかかったりして、まれに炎症を起こしてしまうことがある。たいしたことはない。いつでもラベンダー精油を原液塗りしておけば翌日にはすっかり落ち着いている。
(※精油は希釈使用が原則で原液塗布にはリスクが伴う。素人は真似しないよう)
 しかし今日は寒さのせいかどうなのか、たかが足先のほんのちょっとした痛みが、全身にビシビシとストレスを与えてくる。きっと生理前だから心も体も敏感になっているのだろう。今月は "もうすぐ来る" 状態が長引いていて、どうにもこうにも行き場のない気分が続いている。
 年齢に応じてホルモンバランスが変わってきて、月経周期も短くなったり長くなったり、こんなふうにして生理は終わってゆくのかも知れない。なかなかしんどい。このことは肝に命じておかなければ。いちいちパニックになっていたら、ちょっとしたことで "うっかり" 自殺でもしかねない。リラックス、リラックス。

 ーーわかっている。リラックスが上手にできる人はわざわざ「リラックス」なんて口にしないんだろう。私はリラックスが苦手だ。嫌いなのではない。不得手なのだ。むずかしいのだ。美容室でシャンプーをしてもらう時も「頼みますからリラックスして下さい。そのほうがやりやすいですから」なんてお願いされてしまったことが何度あったか。けれども力を抜こうとすればするほど、首や背中が鉄骨のように強固に張ってしまう。眠るときだってそうだ。気が付くとまた、全身が硬直しているーー。

 案外こういう人は多いのではないだろうか。私はスパルタの時代に生まれた。体を痛めつけることで強くなってきた世代だ。鍛えるだけ鍛えて "ケア" という概念はない。受け身知らずの鉄砲玉のような生き方である。ーー弱さは恥!我慢は美徳!生理痛は甘え!勝ったものが常に強いのである。(だそうだ)

 私も兄もそんな時代に父親にひどくいじめ抜かれて、すっかり去勢されてしまった。人間になり損なってしまった。兄とふたり、汚れたタヌキか何かのように家のすみに縮こまって、生きるも死ぬも父親の機嫌しだいであった。
 なんとも悲しい思い出ばかりである。父もなんとかわいそうな人だろう。間違ったことをする人というのは、自分が何をしているかわかっていないのだ。わかっていれば間違いは正せるのであるから。
 父は昔から呆けた顔をしていた。目鼻立ちの整った美しい顔立ちではあるが、どこか呆けている。なぜこんなに娘に軽蔑されているのか、なぜ家族がバラバラになってしまったのか、何も理解できずに、今日もひとりで裸の王様をやっているに違いない。テレビにかじりついて酒を飲むのである。水戸黄門の再放送などをよろこんで観るのである。虚しくも、ああいう "歪んだ正義" が父の家族に対する "支配欲" を正当化してくれる気がするのだろう。

 若い頃、父が何度かつぶやいたことがある。「お父さんは猫になりたい」
 結局、人間社会に勝者はいないということだ。女の一生は男に支配されているし、男は男で、女子供を支配し所有しなければ、男の世界で一人前として認めてもらえない。つまり男の一生もまた、別の上位の男に支配されているのである。幸せや自由からは程遠い。だから猫などに憧れるのだ。支配種族である人類に生まれついた時点で、我々はみんな負けなのである。

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