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『コロナ禍の下での文化芸術』 3章 その3「在阪オーケストラは2020年の苦難を乗り越え、2021年シーズンへ〜日本センチュリーの「フィデリオ」と大阪4大オケ共同会見取材を中心に」


『コロナ禍の下での文化芸術』
3章「日本での文化芸術の流され方と欧米でのあり方、抵抗、復活への強固な意思の差〜固有の文化芸術と、借り物のそれとの差が緊急事態下で露わになった?」

その3
「在阪オーケストラは2020年の苦難を乗り越え、2021年シーズンへ〜日本センチュリーの「フィデリオ」と大阪4大オケ共同会見取材を中心に」


※前段へのリンク
その2
https://ameblo.jp/takashihara/entry-12636379292.html

https://note.com/doiyutaka/n/n906b4e989d9f



⒈ コロナ第3波の中での音楽活動はどうなる?



前段で危惧したように、全世界的に猛威を振るうコロナ感染症の第3波が早くも日本にも襲いかかってきた。夏の第2波(第3波だとする説も)のあと、秋口には小康状態だったのが、これから冬の音楽シーズン、スポーツシーズン、行楽シーズンだというときになって、あっという間にコロナ感染数が増えてきた。寒冷な北海道がまず増え、そこから飛び火したのか別口なのか、各地で感染数が増えた。特に11月以降、日本政府の政策であるGoToキャンペーンが拡大したせいなのか、11月から海外からの入国制限を緩和したせいなのか、季節が冬に向かうせいなのか、恐らくはこれらの複合要因なのだろう。せっかく始まったGoToキャンペーンもブレーキをかけるよう求める声が世間から噴出、音楽シーズンやスポーツシーズンにも、再び入場制限が厳しくなりそうな情勢だ。

そのタイミングで、大阪にある4つのプロ・オーケストラが共同で記者会見を開いた。これは「大阪4オケ」という通称で、毎年企画されている年間プログラムの発表会見なのだが、今回は、コロナ危機を脱した後の来シーズンの展望を華々しく発表する場に、本来ならなるはずだったのだろう。
皮肉にも、来シーズン(2020〜2021年)が再び見通し不透明な情勢になってきたのと重なる時期で、来年への展望を語ることになってしまった各オケの責任者たちは、苦悩のにじむ表情での説明をせざるをえなかった。
しかし、そこには苦渋だけでなく、とにかく音楽活動を止めない、という未来への決意の表明もあり、少なくとも大阪の4つのオーケストラは、コロナ危機を乗り越えてその先へ進もうという意志をはっきり打ち出していた。


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以下、会見レポートを掲載する。


⒉ (報告)大阪4オケ共同記者会見、コロナ禍の楽団や音楽家たちの苦悩と、希望の兆しがみえた


※大阪4オケ共同記者会見、コロナ禍の楽団や音楽家たちの苦悩と、希望の兆しがみえた
https://ameblo.jp/takashihara/entry-12638583515.html

2020年11月16日
大阪4オケ共同記者会見
大阪フィルハーモニー会館

(1)大阪交響楽団
正指揮者の太田弦はリモート出演で会見。
《ハイドンの交響曲の全曲演奏を実現させたい。そのスタートとして今回、104番「ロンドン」をやる。》
楽団側からは、名誉指揮者の外山雄三の90歳誕生日ガラを来年5月にシンフォニーホールで開催、豪華ゲストを予定、と。


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(2)大阪フィル
音楽監督・尾高忠明の語りが十数分間続いた。コロナ禍の中のオーケストラの苦境と助け合いのあれこれを語り、シーズン・プログラムについても丁寧に魅力を語る。


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(3)関西フィル
首席指揮者・藤岡幸夫が、この数ヶ月で急遽、門真市をオケの本拠地にしたエピソードを語る。これまで大阪市内にあった拠点を移転せざるを得なくなって、あちこち交渉した挙句、直感的に、それまで縁のなかった門真にアタックした話が興味深かった。
藤岡氏は門真市との展望を、すでに協同している隣の東大阪市との例を挙げて説明したのだが「東大阪市と門真市は市長が維持と自民だけど仲良くやってる」とのこと。ここから、大阪府下の新しい音楽の可能性が開けることを願う。


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(4)日本センチュリー交響楽団
ゲネプロと重なって欠席の首席指揮者の飯森範親からメッセージあり、団長が代読した。先日の第250回定期でのフィデリオの成功についても語っていた。
久石譲の首席客演指揮者就任の件も、団長から紹介。
豊中市のホールの指定管理を外れるが、今後5年間パートナーとしての位置で継続する。名曲シリーズは、ホールの若手スタッフとの共同企画で、若い感性を取り入れることでオケの未来への展望を開こうとしている。
「ハイドン・マラソン」シリーズは、ようやく60曲を超えて、今回は中だるみを避けるため、エステルハージ家ものとパリ交響曲をセレクト。


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⒊ 飯森範親指揮・日本センチュリー交響楽団による試み


さて、前段に書いた在阪4オケの中で、特に注目したい楽団は日本センチュリー交響楽団だ。このオケは偶然ながら、コロナ第1波での緊急事態宣言ののち、解除されて大規模イベントが再開しようという時期に、日本国内のフル編成オケとしては最初に、演奏会を再開した楽団だった。

※参考
演奏会評「ハイドン・マラソンHM.20 飯森範親指揮・日本センチュリー交響楽団」
https://ameblo.jp/takashihara/entry-12616424634.html


そして再び、これもまた不思議な巡り合わせで、記念すべき「ベートーヴェン・イヤー」でもあった今シーズンの在阪オーケストラのプログラムの中で、大規模な作品を各団とも予定していたのが次々延期や中止の憂き目を見たのちに、たまたまタイミング良く、ベートーヴェンの大作中の大作、唯一のオペラ「フィデリオ」の演奏会形式上演を実現できたのだった。
本来は、今年の前半、ベートーヴェンの交響曲が大阪4オケ演奏会という「大阪国際フェスティバル」の呼び物公演で一気に4曲、演奏されるはずだったが、これも延期となった。2020年を通じて、せっかくのベートーヴェン記念の年が、なかなか思うようにお祝いムードとはなりにくかった。
その末に、ようやくコロナ危機をくぐり抜けて、苦難ののちの歓喜、というテーマにまさにぴったりの「フィデリオ」という演目が登場したのは、タイミングが良すぎるぐらいだった。
しかし、前途多難なのは変わらない。ようやく実現した「フィデリオ」のあと、コロナ感染再流行の第3波の中で、ベートーヴェンの第九も、年末、どのくらい実現できるか、現状、不透明になってきた。何しろ、第九の場合は、合唱がどうしても密な状態で歌うことになるからだ。もちろん、コーラスの人数を減らすか、会場の配置を工夫して、分散させて歌うことは可能だろう。しかし、どこまで第九の演奏可能な条件を実現できるか、おそらくは各オケとも頭を悩ませているはずだ。
これもまた、たまたまなのだが、筆者は昨年末のベートーヴェン第九演奏会を、同じ日本センチュリーの公演で聴いた。その際の感銘を以下にレポートしているが、その中で書いた「祝祭性」が、この曲の演奏には不可欠なのだ。
はたして、合唱の人数を減らして、分散させた演奏で、どこまで祝祭性を実現できるのだろうか。


※参考
飯森範親指揮の日本センチュリー交響楽団・豊中市民第九演奏会を聴きに来た
https://ameblo.jp/takashihara/entry-12558582293.html


※参考
(演奏会評)日本センチュリー交響楽団第250回定期演奏会 ベートーヴェン歌劇『フィデリオ』(演奏会形式)指揮:飯森範親
https://ameblo.jp/takashihara/entry-12637761246.html


日本センチュリー交響楽団
第250回定期演奏会
ザ ・シンフォニーホール
ベートーヴェン
歌劇『フィデリオ』
(演奏会形式)

https://www.century-orchestra.jp/concert/no250/

指揮:飯森範親
テノール(フロレスタン役)水野秀樹
ソプラノ(レオノーレ役)木下美穂子
バス(ロッコ役)山下浩司 ※変更
ソプラノ(マルツェリーネ役)石橋栄実
テノール(ヤキーノ役)松原友
バリトン(ドン・ピツァロ役)町英和
バリトン(ドン・フェルナンド役)萩原寛明
合唱:日本センチュリー合唱団


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⒋ 昨年末にオープンしたフェニーチェ堺の場合


昨年末にオープンしたフェニーチェ堺にも触れておこう。せっかく、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を呼んで華々しくオープニングシーズンを飾ったのに、年明けからはコロナ危機で公演がどんどん中止・延期になってしまったこのホール、大阪府下に待望の本格的なオペラ上演の可能な劇場が誕生したという話題も、コロナで吹き飛んでしまった。


(演奏会評)フェニーチェ堺 こけら落とし公演
パーヴォ・ヤルヴィ指揮、ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団。
https://ameblo.jp/takashihara/entry-12548349374.html

実のところ、このホールの先行きは、大阪の音楽・演劇シーンを占う試金石になるはずだったのだ。
つまり、昨年までの関西(日本全体もだが)の景気を浮揚していたインバウンド需要、それが一気にしぼんで失速したのがコロナ危機だ。
それさえなければ、大阪にも2020年引き続きインバウンド景気が盛り上がっていたはずだし、予定通り東京五輪が開催されていたら、観光客は関西にも来ていただろう。そういったインバウンド景気は、劇場の興行にも好影響を及ぼしていたはずで、折しも2020年は「ベートーヴェン・イヤー」で、例年以上に演奏会や劇場公演を盛り上げやすかっただろう。
それが全部吹き飛び、コロナ危機による未曾有の経済失速に見舞われた現状、これから関西、大阪の芸術文化がどうなっていくのか、全く見通しは見えない。
本来なら、大阪府下にこれまでなかった本格的なオペラ劇場が、ついにできたのがフェニーチェ堺だった。
平成の後半、21世紀に入って大阪府下には、橋下府政の芸術文化切り捨て政策の暴風が吹き荒れ、クラシック音楽や舞台芸術活動がどんどんやりにくくなっていった。そのせいか、大阪府下での大規模な舞台公演は会場が限られてしまい、海外からの引っ越し公演なども兵庫県立芸文センターなどが中心となっていった。大阪府下では、大阪フェスティバルホールがもちろんメイン会場にふさわしいが、ここはあくまで民間のホールであり、大掛かりな公演を地元から企画するには費用がかかりすぎるのだ。
そんな中で、ようやく待望の公共の大規模劇場が堺市の駅近くにオープンしたことは、大阪府下でのオペラや大規模劇場作品の上演の可能性を大いに広げることにつながるはずだ。
この劇場は、立地が偶然にも世界遺産登録された「百舌鳥・古市古墳群」の代表的な古墳、大山古墳(伝・仁徳天皇陵)にも近い。もしインバウンド景気が続いていたら、世界遺産の古墳見物と、本格的な劇場公演をセットで組み合わせて楽しめるはずだっただろう。
だが、しょげてばかりもいられない。インバウンドは当分回復しないとしたら、国内需要だけでも、大阪府下の有数のコンテンツが並んでいる堺市の中心部を、古墳と劇場のセットで大いにアピールするのがいいと思うのだが、どうだろう?
そういう企画は全く聞こえてこないのだが、誰も思いつかないのだろうか? 筆者なら、せっかくの世界遺産の古墳群と、国内有数のホールが近隣にある立地を生かして、大山古墳観光と、すぐ近くの最新劇場での古事記・日本書紀にまつわるオペラ・歌舞伎鑑賞をセットにする。本格的な劇場作品として、古事記・日本書紀ゆかりのオラトリオ「古事記」やオペラ「素戔嗚」「健」、歌舞伎には「ヤマトタケル」がある。

※参考
團伊玖磨 歌劇『健・TAKERU』

https://www.nntt.jac.go.jp/season/s2/s2.html

三枝成彰 オラトリオ『ヤマトタケル』

https://tower.jp/item/592760/オラトリオ「ヤマトタケル」

※参考記事

オラトリオ「ヤマトタケル」が20年ぶりに大阪・羽曳野で復活 作曲の三枝成彰氏は「ゆかりのこの地から永遠に歌い続けて…」(産経 2017年6月25日)
https://www.sankei.com/west/news/170625/wst1706250049-n1.html


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これらの大規模な舞台作品や、スーパー歌舞伎の「ヤマトタケル」も、新しいフェニーチェ堺で上演することは十分可能なはずだ。堺市や大阪府、関西、日本を代表する音楽団体が協力して、せっかくの世界遺産の古墳を間近に見ながら、ゆかりの深い芸術作品を鑑賞できるような企画を、ぜひ今後、検討してほしいものだ。

※フェニーチェ堺の今後の公演

https://www.fenice-sacay.jp/event/



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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/