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長夜の長兵衛 芹乃栄(せりすなわちさかう)


寒芹かんぜり


 たらふく食うて寝たのであるが、粥はとっくにこなれてしもうた。
 いつもの朝より一つ余計に餅を焼く。大家の金兵衛が、店子にと振る舞ってくれたものが、これで終いになる。
 ぷううと膨れた餅の脇に、七草の残りをたいたものを刻み、醤油をたらす。粥のときより、ひときわ力強い香りに、長兵衛は大きく息を吸い込む。 

 長兵衛さんあのな、ことづてを預かってきたよ。銅十郎が駆けこんできてつむじ風のように出ていった。そのあとに何やらとてもいいにおいがする。
 長兵衛は銀兵衛に声をかけ、一人住まいの婆さまのところへ向かう。
 いいもんが出来ましたで、食べてごしなさい。
 鼻孔をとらえて離さぬ香り、ぷりっと噛み締めると、じゅっと広がるつゆ。
 わたしも爺さまもずっと向こう、西の生まれで。赤貝ごはんはふるさとの味ですけん。兄さんがたが摘んできてごされた芹がようあいます。
 生臭なまぐさですが、目がなかったもんで。
 婆さまは仏壇の方を向いてほっほっ、と笑われた。 

<了>


photo AC by 泉ちゃん


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芹の育て方

 

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 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


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