長夜の長兵衛 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)
福寿草
お社さんへ一礼すると、鳥居をあとにした。
小さな川のあちら岸を鴨が、てぼてぼと歩む。つがいが寄ってきて、水紋がうまれる。
飛び石に大きく影がかかる。おお、長兵衛さん。
源兵衛が手招きをしている。ほれ、蕾が。福寿草です。元日草とも申しますな。
これも、染まりましょうか。
長兵衛が問うと源兵衛は笑う。反物屋の大旦那は、早々に隠居して道楽の染め物をしておる。
毒がありましてな。染めに使ったことはありません。
長兵衛は、雪をわけ伸ばしていた手を引く。