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長夜の長兵衛 款冬華(ふきのはなさく)

寒稽古


 
 すこ。矢は、的から大きく逸れて、脇の土 ー安土あづちー へ刺さる。
 ざざ。手前で失速して矢道やみちを擦る。掃き矢である。
 かん。的枠にはじかれる。

 倅の姿を遠目に、安兵衛やすべえは黙って立っている。
 菓子屋の大旦那、今は気儘な隠居の身。若い頃は、金兵衛、久兵衛きゅうべえと並んで三羽鴉と呼ばれた弓の名手であった。お社さんへ奉納したこともある。倅が道場へ通いはじめたのは無理もないことだが、もう十年にもなろうか。
 気にならぬといえば嘘になる。

 隣で長兵衛がしゃがみ込む。蕗の薹ふきのとうが出てまいりました。そう言えば、若安兵衛さまの春の作は、これをあしらった練り切りで。緑だけだがそれはそれはお見事な濃淡で、そして甘いだけではなく旨いのです。のれんを継がれるとは、工夫をつづけることなのですな。
 安兵衛の目頭が不意に熱くなる。花はここ、茎は地の中を這い、葉は別のところに大きく育って。
 うむ。儂には、物申すことはない。

 ぱん。的が射抜かれ、澄んだおとが響いた。

<了>
 


photo AC by mie06


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 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。