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長夜の長兵衛 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)


福寿草ふくじゅそう 


 お社さんへ一礼すると、鳥居をあとにした。
 小さな川のあちら岸を鴨が、てぼてぼと歩む。つがいが寄ってきて、水紋がうまれる。
 飛び石に大きく影がかかる。おお、長兵衛さん。
 源兵衛が手招きをしている。ほれ、蕾が。福寿草です。元日草がんじつそうとも申しますな。

 これも、染まりましょうか。
 長兵衛が問うと源兵衛は笑う。反物屋の大旦那は、早々に隠居して道楽の染め物をしておる。
 毒がありましてな。染めに使ったことはありません。
 長兵衛は、雪をわけ伸ばしていた手を引く。
 触れたくらいではどうもありません。源兵衛はもう一度笑う。口に入れるのは御法度ですが、玄人くろうとの手にかかれば、薬になるそうでしてな。
 可憐な花を咲かせますのに。
 まあ、人あたり柔らかくおもてには害をなさずとも、腹の中に一つ二つ毒を抱えているくらいが、よろしいのでしょう。

 源兵衛のことの葉が、長兵衛の腹を染めてゆく。
 そのようでなくては、たれかの助けになど、なれはしません。
 

<了>


pixabay by KIMDAEJEUNG


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福寿草の蘊蓄うんちく

 

 新しき年、いかがお迎えでしょうか。
 本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。