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長夜の長兵衛 雉始催(きじはじめてなく)


雪兎

 
 足跡一つない雪の上を歩いてみたくなり、久兵衛きゅうべえは長兵衛に合図すると、山道を右の方に外れながら下る。足を殊更にゆっくり踏み出すと、きゅ、と沈む按配が、童のような心持ちを連れてくる。
 ふもとに近づくとまだらに地模様があらわれ、あちらの赤い実は藪柑子やぶこうじか。くるりと引き返すと、少しく深いところから雪を掬い上げ、握る。それ、長兵衛、お主も一つやってみよ。
 手を合わせて葉と実をいただいて、きゅきゅ、と差し込むと、小さな雪兎が二羽現れた。茂った葉の屋根のもとに並べてやる。
 かかあは、これを作るのが好きであった。
  
 ほんに、かわいらしい。
 耳元に懐かしい声がして、とうに鬼籍にったつれあいが兎に重なる。かけ寄って抱いたなら溶けてしまおうか、心のうちでただ悶え、悶えて。

 雉の声があたりを震わせる。
 もしも一人でいたならば、あのように鳴いたかもしれぬ。

 長兵衛はしゃがんで小さなだるまを作る。
 久兵衛がそっと目元を拭うたは、気付かぬふりがよかろう、と。


 

 <了>


photo AC by キイロイトリ


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  雪だるま。

 

 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。

 


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。