石井和良

文芸批評を書いています。 Kindle https://www.amazon.co.j…

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  • 平野啓一郎論

    小説家平野啓一郎氏の長編作品の主要テーマである「存在、時間、死、記憶」を身体性を軸に読み解きます。特に氏の提唱する「分人主義」について、氏の作品に絡めて徹底的に理解します。

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分人主義とは何か

【警告】 小説作品における物語の重要な部分に触れています。未読の方は十分に御注意下さい。 このテキストは『平野啓一郎論』の第一章にあたります。(全六章) 分人とは平野啓一郎氏は近年「分人主義」を提唱してきた。「分人」とは何だろうか。それは「個人を分割する」という発想である。本来、これ以上分けられないという意味の「個人」(individual)を分けてしまおうというのである。 氏は「個人」という考え方は、元々西洋文化に特有のものであるうえに、現代においてアイデンティティの問

    • 体罰について

      体罰を肯定する言説がこのところ話題になっていますが、彼のしたことを詳しくは知らないので、以下に述べるのは、あくまで一般論です。 あまり指摘されませんが、体罰を否定しなければならない大きな理由の一つに、暴力が楽しいという点があると思います。暴力に口実(大義名分)を与えると際限がなくなります。それは享楽だからです。 かつて、学校教師が生徒に振るった暴力は「愛の鞭」と言われました。「殴る方だって痛いんだ。しかし愛があるから、それに耐えて殴るのだ」という風に。 同様に、妻や子供に暴

      • 『小林秀雄「常識」について』リライトしました

        数年前に書いたテキストですが、読み返してみたらひどい文章だったので、全面的に書き直しました。論旨は全く変わっていません。言いたいことが、より明確に伝わるようになったと思います。よろしければ。

        • サイドウェイ(アレクサンダー・ペイン)ネタバレあり

          『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』の配信はまだまだ先だろうということで、アレクサンダー・ペインの見逃した作品を漁っています。 これは大人向けの作品ですね。 ありきたりといえば、そうかも知れないけど、ワインが人生に喩えられる。 ぐっと来ます。 ラストも、これは号泣せざるを得ない。 こういうのが観たかった。 マイルス(ポール・ジアマッティ)がワイン好きで意気投合したマヤを家まで送る。マヤが家の鍵を開ける。後からマイルスが肩に手をかける。マヤは振り向いて二人はキスを

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        分人主義とは何か

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        • 平野啓一郎論
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          千葉雅也「なぜ文系は重要か:そのあまり言われない理由」について

          前回の記事「『はじめてのウィトゲンシュタイン』古田徹也」で、私は、分析哲学系の言語哲学には「命題は世界を写し取る像であり、言語は現実世界の模型である」という考えが根本にあるという話を書きました。 千葉雅也さんの note で、この考えを補完するようなテキストを見つけました。「なぜ文系は重要か:そのあまり言われない理由」というタイトルの note です。有料ですが、是非ご覧下さい。 千葉さんは理系と文系を次のように区別します。 理系は人工言語(数学など)を使い、文系は自然言

          千葉雅也「なぜ文系は重要か:そのあまり言われない理由」について

          『はじめてのウィトゲンシュタイン』古田徹也

          有名な話だが、ウィトゲンシュタインは若くして『論理哲学論考』を書き上げた後、小学校の教師になり、哲学研究から離れる。その後、紆余曲折を経てケンブリッジに復帰し、遺稿が『哲学探究』として残された。 一般に『論理哲学論考』は「前期ウィトゲンシュタイン」、『哲学探究』は「後期ウィトゲンシュタイン」と呼ばれる。 『はじめてのウィトゲンシュタイン』の著者古田徹也氏によれば、後期のウィトゲンシュタインが大きく前期と考えを変えたのは次の点である。 前期ウィトゲンシュタインは、有意味な命題と

          『はじめてのウィトゲンシュタイン』古田徹也

          『集中講義!日本の現代思想 ポストモダンとは何だったのか』(仲正昌樹)

          これはとても良い本でした。 いわゆる「現代思想」のみならず、日本的な「左翼(サヨク)」とは結局何なのかいまいち分かっていないという保守的な方にもお勧めします。 序では、いわゆる「現代思想」と呼ばれるものが単に「現代の思想」という意味ではなく、フランスの構造主義者と呼ばれる思想家たち以降の思潮であり、それを日本がどう受容し、衰退していったかが全体の見取図として語られます。 そのような意味での「現代思想」とは、旧来の伝統的な哲学の体系や近代化の大枠から外れたポスト・モダニズムで

          『集中講義!日本の現代思想 ポストモダンとは何だったのか』(仲正昌樹)

          『早春物語』(澤井信一郎)ネタバレあり

          『早春物語』(1985)は、角川春樹が手掛けた一連のアイドル映画の一つです。原作は赤川次郎。 U-NEXTで、実に久しぶりに観たのですが、原田知世の相手役である林隆三の、敢えて言うと「男の悲哀」にやられてしまいました。 原田知世(瞳)が、とにかくクソ生意気な女子高生で、友達にも親(田中邦衛)にも親の再婚相手(由紀さおり)にも、たまたま知り合った林隆三(梶川)にもやたらと食ってかかる。梶川はやんわりとかわしつつ相手をしてあげているのですが、彼女の行動力に気持を動かされて、つ

          『早春物語』(澤井信一郎)ネタバレあり

          『哲学の門前』(吉川浩満 )

          私は、吉川浩満氏の『哲学の門前』を読んでいるうちに、ある感覚に襲われた。そして、この感覚はどこかで体験したことがあるという気がした。幽かなデジャヴである。 読み進むうちに思い出した。私が抱いた感覚はYMO高橋幸宏氏の『心に訊く音楽、心に効く音楽 私的名曲ガイドブック』を読んだ時のものと同じだったのだ。一言でいうと、どこか物悲しいのである。 といえば、怪訝に思われるに違いない。初めに断っておくと、吉川氏の著作とユキヒロの本はほぼ無関係である。そもそも扱うものが哲学とポップ・ミュ

          『哲学の門前』(吉川浩満 )

          『落下する日常』 小柳とかげ

          著者は、日常生活の、ふとした瞬間に、ちょっとした違和感を感じ取る。 多分それは、誰よりも前ならえや右向け右が上手な子には感じられないものなのだ。 そして、前ならえや右向け右が下手くそな子にも、それは感じ取れない。 かといって、中くらいの子にも感じられない。 わかりましたか? 世の中とはままならないものなのだ。 誰もいない滑り台、観客のいない映画館、登ることの出来ないダム、いつもの日常のいつもの行動範囲から、ほんの少し外れたところに違和感はある。 それは死者達がこの現実に

          『落下する日常』 小柳とかげ

          『言語哲学がはじまる』(野矢茂樹)

          野矢茂樹さんは『論理学』において、論理学は二つの面からアプローチしなければならないと言っています。一つは意味論的側面、もう一つは構文論的側面である。 何も分からないで書いているので、適当なことを言っているかも知れませんが、野矢さんの本で言うと、論理学の構文論的側面を掘り下げたのが『入門!論理学』で『言語哲学がはじまる』は意味論的側面を扱ったものだと思います。 さて、構文論はとても分かりやすいです。 『論理学』の序論から例に挙げられているのはユークリッド幾何学です。 前提となる

          『言語哲学がはじまる』(野矢茂樹)

          恋するプリテンダー(ネタバレあり)

          とにかく、くだらないですねえ。しかし、嫌いになれない。 下品な下ネタがあるとは聞いていたのですが、あるどころではない。始まってから3分の2くらいは下ネタしかないではないか。でも、なんか上品なのですよ。下品ではない。 ラブコメなので、主役二人への好感度で映画の好き・嫌いがほとんど決まってしまう感じではあるのですが、この二人はアッサリしている。グレン・パウエルは筋肉がありすぎて嫌らしさが全くないし。その分、思い入れも減るけど、ねちっこい嫌らしさがないので楽しんで見ていられる。

          恋するプリテンダー(ネタバレあり)

          『ルックバック』(ネタバレあり)

          映画『ルックバック』。最近では珍しく劇場で二度観ました。短いので割合サクッと時間を作って見に行きやすいのは良い所ですね。 一度目は感情を揺さぶられっぱなしで、嗚咽を堪えながら、周囲の人を気にしながらでしたが、二度目なので落ち付いて観られました。 やはり、細かいところまでよく出来ていますね、この映画。窓ガラスの反射の描写にずっと感心していたら、最後もそれで締める。 後、音響が実に丁寧で、作品のリアリティを支えている。 ドアを介してのやり取りに関しては色々解釈があるのでしょうが

          『ルックバック』(ネタバレあり)

          イエスという男: 逆説的反抗者の生と死

          ※1980年の第一版のみを参考にしており、第二版(増補改訂版)は未読です。 イエスが殺され、後にキリスト教が誕生した時、イエスの思想の本質は覆い隠され、イエスは精神的にも殺された。それが『イエスという男』の著者田川建三氏の主張である。 田川氏は、この本の中で、新約におけるイエスの説教を、八木誠一、土井正興、 ブルトマン、イェレミアスらを、時として批判的に引用しながら再解釈している。 では、イエスが精神的に殺されたとはどういうことか。たとえば、氏は「良きサマリア人の譬え話」を

          イエスという男: 逆説的反抗者の生と死

          想い出づくり。(ネタバレあり)

          TBSラジオ「アフターシックスジャンクション2」で日比麻音子アナが熱く語っていたので、面白そうだなと思いU-NEXTで視聴。 言わずと知れた山田太一脚本。「ふぞろいの林檎たち」はリアルタイムで見ているのですが、こちらは未見でした。 森昌子、田中裕子、古手川祐子の三人が、ある出来事がきっかけで親友になります。 三人が、自宅のアパートに酒を持ち寄り、今で言う恋バナなどに花を咲かせ、ふと気怠い雰囲気になる。何ともいい感じです。気のおけない友人との馬鹿話。あんなに楽しいものは人生

          想い出づくり。(ネタバレあり)

          『ファミリー・アフェア』(ネタバレあり)

          最近ヘビーなのが続いていたので、たまには何も考えずに見られるものをと思って選んだんですが、何でもなさ過ぎた。 金持ち同士のどうでもいい恋、そして娘との葛藤。 娘はまだ駈け出しなので、乗ってる車は TOYOTA RAV4である。駈け出しなので……何のキャリアもないので…… しかし、自分の大切な作品をド素人に編集されて勝手に本にされて喜ぶだろうか? 小学生の作文じゃあるまいし。 絶対惚れないだろう、あんな男に。 ともかく、ジョーイ・キングはキュートですね。彼女は、ファーゴのシー

          『ファミリー・アフェア』(ネタバレあり)