中の人であることのススメ
僕はこれまでの人生の中で、外の人になることが多く、例えばイベントやらセミナーに参加をする側にまわる機会の方が多かったし、「それでいい」という気持ちでいました。
たしかに、そう思ってました。
別にわざとやっていたわけでもないのですが、外の人をやっていて思うのは、細かな点がすごく目についていたのが印象的です。
そりゃそうなんですよね。
自分がお金を払って参加するのであれば、気に入らない箇所があれば、それが目につきやすい、というのは仕方のないことかもしれません。
そして、その視点を中の人はもててない、というか中にいるからこそ、把握しきれてないところもあるのかなぁ、とも思うわけです。
けど、ここ9月以降は、明らかに中の人をやることが増えています。
決して、なくはなかったのですが、それまでのものと大きく異なる部分が一つあって、それを認識してからはまったく異なる要素というか、気持ちを抱くようになりました。
それは当事者性、と言えばいいでしょうか。
僕がやらなきゃ誰がやる、というとすごく聞こえのいい、カッコ良さそうな気がしますが、そうではなく、割と差し迫ったような言葉です、これ。
それまで僕が担当してきた中の人たるイベント、というのは、僕の生活に直接連携されていないお金を使うことで開催をする、ということがほとんど。
そのため、損益分岐だとか、収益に対して注力ができた部分がありますが、9月以降で開催してるイベントについては、明らかに身銭を切ることになってます。
しがない会社員である僕にとっては、残酷なようでいて、退路を断つにはちょうど良かったのかもしれませんが...。
ただ、中の人になってみて、金銭的な負担を強いられるようになったのと同時に、大きな資産を得ることができていることを実感してまして。
それは「繋がり」です。社会的資本、といえばいいんでしょうか。
9月のイベント開催を機に、僕はそれまでであったことがないような方々と、顔を合わせられるようになりましたし、その人たちの顔を思い浮かべながら活動をすることになっています。
僕は感情的な面が前に出てしまうことが少なくないのですが、だからこそ、そこは大事にしたいと思っていて、登壇者となる方々が気持ち穏やかに、というか気持ちよく臨めるためにがんばりたいんです。
そして、外の人でいるだけだと決してわからない部分が、中の人であることで大きく得をする部分とも言えるのだけれど、信頼の得られ方が異なります。
中の人になった時に痛感することが、登壇してくださる方々の多くは「中の人」が多いことです。
人の感情をつき動かせるだけの行動や活動をしている人は、自身が抱く熱量を行動に還元しています。その熱量を少しでも多くの人に届けようとする「中の人」であることがほとんど。
つまり、中の人の気持ちが痛いほどにわかる人、ともいえるわけで、そうなると、信頼度が参加するだけの外の人と比較して、高くなることは必然だと言えます。
だから、規模の大小は問わず、僕は中の人であることをオススメします。
大変です。
もう、僕は毎回キリキリしてますし、常に余裕がないような状態になってしまっています。なんだか情けないのですが、僕は僕以上の存在にはなり得ませんから、仕方のないことだと諦めてもいます。
けど、それに見合うだけの関係性を構築できている、ということを考えると、将来に向けての社会的な資産をつくれているという実感がありますし、だからこそ継続できているとも考えてます。
やっただけの価値がある、と言えばいいんでしょうか。
そして、僕がやりたいのは、新潟をそんな風にして中の人がドンドンと増えていくようなポジティブな雰囲気をもつエリアにすること。
その一つとして、1月22日に長岡を舞台にイベントを開催します。
参加自体は現地参加、Web視聴(LIVE、アーカイブ)ともに無料ですので、どうか多くの方にご参加いただければと思います。
同時に活動に対する支援も募集しております。
今回のイベント、無料での開催ができているとは言え、諸経費に対する負担はどうしても生じています。
ご支援をいただきましたら、不足分に充てさせていただき、それでも余剰が出た場合には、次回以降への活動費とさせていただきます。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。 お読みいただき、それについてコメントつきで各SNSへ投稿していただけたら即座に反応の上でお礼を申し上げます!