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誰よりもサッカーを愛した教祖 −『ソウルでワールドカップが開かれたときは3台のテレビを並べておいて中継される全部の競技を見ました。』

(※ この記事のタイトルは『誰よりも日本を愛した人』に倣いました。)

一つ前の記事誰よりもサッカーを愛した教祖 − ペレを広告塔として利用した旧統一教会』に引用した『平和を愛する世界人として - 文鮮明自叙伝』の中のサッカーに関する記述が長すぎたので、あらためて(別の記事として)下記に引用しました。記録や口述筆記に基づいて、自叙伝作家や回顧録作家がまとめた文章かもしれませんが、文鮮明教祖がサッカー好きであったことがよくわかります。

Rev. Sun Myung Moon hands over the Peace Cup trophy to Aston Villa captain Nigel Reo-Coker after Aston Villa defeated Juventus 4-3 in a penalty shoot out at La Cartuja stadium in Sevilla, Spain, August 2, 2009. The game was tied 0-0 after regulation.
Captain Heiko Westermann (third right) and Son Heung-Min (third left) of Hamburger hold the trophy with Moon, as they celebrate after winning the Peace Cup final match.
Rev. Sun Myung Moon poses with his wife, Hak Ja Han Moon, and his sons the Rev. Hyung-jin Moon, left, and Kook Jin Moon, right, in Suwon, South Korea, on July 22, 2012.


平和を愛する世界人として - 文鮮明自叙伝


第七章 韓国の未来、世界の未来

文化事業として実践する創造のみ業

私は、1988年のソウル・オリンピックが世界的な冷戦構造を決定的に変える平和の祭典になると予感し、世界各国に広がっている食口たちをソウルに呼び集めました。そして、自分の国の選手団を案内し、応援する責任を持ち、韓国の記念品をプレゼントし、食事ももてなすようにしました。予測どおり、ソウル・オリンピックには中国もソ連も参加し、共産陣営と自由陣営がすべて融和する平和の祝典となりました。開会式の当日、私は蚕室のメーンスタジアムの一般観覧席に座り、平和と融和の宴を喜んで見ていました。

ILHWA CHUNMA SOCCER TEAM 1989 - 1998

オリンピックが終わった直後、私はその熱気を受け継いで「一和天馬」プロサッカーチームを創設しました。一和天馬チームは、優勝も数回し、サッカーチームとしての名声を築いてきました。その数年後には、今度はブラジルサッカーの本拠地ブラジルで「セネ」と「ソロカバ」というプロサッカーチームを創設し、今に至るまで運営しています。さまざまなスポーツの中で、特別にサッカーチームを作ったのは、私がサッカーが好きだからです。私は、幼い頃から運動をするのが好きで、ボクシングもやり、韓国の伝統武術もしましたが、年を取ってからも喜んで見るスポーツは断然サッカーです。学生時代には、学校の運動場をあちこち駆け回ってボールを蹴っていましたが、今は見るのを楽しみます。ソウルでワールドカップが開かれたときは、3台のテレビを並べておいて、中継する全部の競技を見ました。特に韓国が出るゲームは、1ゲームも見逃しませんでした。

サッカーは人生の縮図です。私がいくら上手にボールを運んでも、自分よりも速くて上手な相手チームの選手が、瞬間的に自分のボールを奪っていけば、結局は何にもなりません。また、ボールをうまく運んでシュートを打っても、ゴールポストに当たって跳ね返ればそれで終わりです。ボールを運んでいくのは自分のすることですが、ボールをゴールに入れるのは、自分一人の力ではできません。朴智星選手のように、絶妙のタイミングでアシストしてくれるチームメイトもいなければならず、粘り強く相手チームをディフェンスする李榮杓のような選手もいなければなりません。

しかし、最も重要な人は、フィールドの外で全体を見ている監督です。直接走ってボールをゴールすることはしませんが、監督の力は、選手全体を合わせたものよりもっと重要です。監督は、ちょうど神様が私たちの知り得ない世界をご覧になって私たちにサインを送るように、選手たちが見ることのできないものを見ます。監督のサインによく従いさえすれば、ゲームは百発百中勝ちます。しかし、監督がいくらサインを送っても、愚かな選手が気づかずに自分勝手にボールを回せば、ゲームに負けるしかありません。

サッカーは勝敗を競う競技ですが、国家間の平和と協力の増進に大きな力を及ぼします。全世界のスポーツの祭典であるオリンピックよりも、ワールドカップの中継放送を見る人が2倍も多いというのですから、人類がどれほどサッカーが好きかを知ることができます。転がっていく一つのボールをめぐって、国と人種、宗教、文化を超えた融和の場をつくる力がサッカーにはあります。サッカーと人類の平和は、よく調和する一組のパートナーです。

ブラジルのスポーツ大臣まで務めたサッカーの王様ペレが、ソウルの漢南洞にある私の家を訪ねてきたことがあります。人々はペレを世界最高のサッカー選手として記憶していますが、私が出会った彼は、素晴らしい平和運動家でした。彼がサッカーを通して成し遂げようとしたことが、まさに世界平和だったからです。私と会ったペレは、にっこり笑ってこのように言いました。

「以前にアフリカのガボンでサッカーの試合をしたことがあるのですが、当時、そこは戦争中だったのです。爆弾が落ちてくる中でどうやってゲームをしたと思いますか?ありがたいことに、ゲームをしている間は休戦したのです。私はその時、サッカーが単にボールを追いかけ回すだけのスポーツではないという事実をはっきりと悟りました。サッカーは、世界平和をつくりあげていく人類共通の素晴らしい手段です。それ以降、私はサッカーを通して世界平和運動をしなければならないと誓ったのです」ペレ氏があまりにも素晴らしく見えたので、私は彼の手をぎゅっと握りました。競争の激しい世の中を生きていれば、ストレスが多いのです。ストレスは生活を緊張させ、心の平安を奪い、ストレスが積み重なれば、一人一人の神経が逆立ち、公然と争いを起こしやすくなります。そのような緊張状態を健全に解放してくれるものこそ、スポーツや芸術活動のような趣味生活です。スポーツと芸術は、人間の抑えつけられた欲求を解放する方法であるにとどまらず、人類を一つに結ぶ道具です。私がサッカーチームを運営し、バレエ団を率いる理由は、そのような活動がまさに平和をもたらす手段となるからです。ペレ氏は、すでにそのような私の心を知っていました。

(Source: Reuters)

志を同じくした私たちは、その場で国際的な規模の新しいサッカー大会である「ピースカップ」を創設しました。そして、2003年から2年ごとに「ピースカップ大会」を開き、世界の有名なサッカーチームを韓国に呼んで試合を行いました。しかし、2009年に開かれる第4回大会からは、開催地を世界のさまざまな国に変える計画です。まず、2009年は、サッカーの本場と言われるスペインのアンダルシア地方で開かれる予定です。スペイン最高のクラブチームであるレアル・マドリードのセビージャFC、フランスのリヨンに加え、イギリスの名門クラブチームが参加し、世界最高のサッカー競技を繰り広げるでしょう。「ピースカップ」を運営して生じる収益金は、経済事情の厳しい国の青少年サッカープログラムを援助する経費として使います。特に、身体的障害を持つ子供たちが、サッカーを通して夢を失うことなく生きていけるよう、多くの努力をしています。(第4回ピースカップ大会は、2009年7月24日から8月3日にかけて、スペインのアンダルシア州各地と首都マドリードで行われた。)

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と共に、アフリカのリベリアで青少年サッカー大会を開いたりもしました。リベリアは、15年以上続いた部族間の紛争(内戦)によって、人々の暮らしがとても苦しい所です。たびたび起こる内戦によって人口が急減したために国連の特別保護を受けているその国の子供たちと青少年が、一緒に集まってサッカーをしながら平和を謳歌しました。ボールを蹴りながら楽しんでいる間に、部族間で互いに融和する精神を自然と身に付けるのです。

私たちが精魂込めて準備していることがもう一つあります。他でもなく、イスラエルとパレスチナの居住地域の真ん中に立派なサッカー場を造ることです。二つの国の子供たちを相手に、ヨーロッパの有名なコーチを呼んでサッカーアカデミーも開く計画です。このような活動を通して、大人たちは互いに銃口を向け合っていたとしても、子供たちはサッカー場に集まってボールを蹴るようにしようと思うのです。多くの人が非現実的だと首を横に振りますが、私たちは必ずやり遂げます。今もイスラエルの長官はサッカー場をイスラエルの地域に造らなければならないと言い、パレスチナの長官は自分たちの地域に造らなければならないと言い張っていますが、私は必ず二つの地をつなぐ所に造ります。私は周囲の圧迫に押されて夢をあきらめる人ではなく、頑固一徹の意志で夢を成し遂げる人です。

誰もが不可能だと言っていたことの中の一つがバレエ団を作ることでした。最近は、韓国でもバレエを好む人たちが増え、バレエのスターまで出てきましたが、私がバレエ団を作った当時は、本当にバレエの不毛の地にほかなりませんでした。

バレエを見るたびに、私は天の国の芸術とはまさにあのようなものだと思うのです。バレリーナがつま先でまっすぐに立って頭を天に突き上げれば、その姿勢だけでも完璧に神様を畏敬する姿です。それほど一途に神様を畏敬していると見えるものは他にありません。バレエは、神様が人間に下さった美しい体を活かして、その方に愛を表現する最高の芸術です。

1984年に創設された「ユニバーサル・バレエ団」は、「白鳥の湖」と「くるみ割り人形」をはじめ、「ドン・キホーテ」「ジゼル」、そしてオリジナル創作バレエの「沈清」「春香伝」を公演し、今では国際的なレベルに成長しました。世界の有名な舞台から招待を受けているユニバーサル・バレエ団のバレリーナたちは、躍動的な西洋のバレエに韓国人特有の静的な美しさを加え、洋の東西が良く調和した公演を見せてくれることで評価を受けています。ユニバーサル・バレエ団は、アメリカのワシントンDCにバレエ学校を所有しています。また私は、「ニューヨークシティ・シンフォニー・オーケストラ」と国際合唱団の「ニューホープ・シンガーズ」も作りました。

芸術は神様の偉業に似ています。芸術家が自らの作品のために渾身の力を注ぐように、神様も自ら創造された人間とこの世界のためにすべての心を注がれたのです。「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」(創世記1章3節)という『聖書』のみ言は、一言で光が自然とつくられたような印象を与えますが、絶対にそうではありません。神様が光をつくり、地をつくることにすべての力を注がれたように、舞台の上に立ったバレリーナの踊りも、死力を尽くした後に誕生した創造の結実です。

サッカーも同じです。90分間、サッカー選手は死力を尽くします。どこから飛んでくるから分からないボールに向かって走っていき、ゴールに向かって思い切り蹴飛ばす、そこに生涯のあらゆるものをかけ、神様がこの世界を創造する時のようなエネルギーを注ぎます。自分が持っているものを100パーセント完全に注ぎ込むこと、一瞬のために自分を丸ごと捧げることは、何よりも偉大なことです。




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