SaaS起業家限定イベント「SaaS部 2019 Spring」レポート
2019年3月末、弊社の投資先およびSaaS領域で起業した起業家を対象に、DNX主催のイベント「SaaS部 2019 Spring」を開催しました。イベントでは、SaaS/クラウド領域で数多くの投資実績をもつDNX Ventures Managing Directorの倉林陽が登壇、ゲストにSaaS領域のパイオニアであるクラウド名刺管理のSansan株式会社 寺田親弘社長をお招きしトークセッションを行いました。
参加者アンケートでは、100%「非常に満足した」というお答えをくださった大盛況のイベント、今回noteでは惜しみなくご紹介いたします!
SaaS企業の成長戦略
イベントの前半では、倉林によるSaaS勉強会を開催。
題して「SaaS企業の成長戦略」!
弊社の投資先も含め、創業間もないシードステージの経営者が多かったことから、基本的なSaaS市場のバックグラウンドや動向、SaaSのメトリクスや成長のために意識するべき注意点などを1時間以上たっぷり紹介しました。
目次
1. 拡大するSaaS市場
2. SaaS企業のValuation
3. Seed期のカオス
4. GTM FitとGrowth Efficiency
5. Customer SuccessによるGrowth
① 拡大するSaaS市場
SaaSの市場を考えるとき、米国に目を向けてみるとVCの投資領域のメインが実はB2B市場であることをご存知でしょうか。日本では、終身雇用によってB2B市場に対する知見を持つ大企業人材に起業文化が根付かなかったことや、VCもテクノロジー業界出身でない方が多く、技術の目利きができなかったため、これまでB2Bスタートアップへの投資が活発にならなかった事情があります。米国では過去20年のベンチャーキャピタルのリターン金額を比較するとB2Bの方が大きく、その中でもソフトウェア領域が最もベンチャーキャピタルの投資を集めています。DNX Venturesでは、日本でもB2B市場、特にSaaS/クラウドコンピューティング領域でスタートアップは成長していくのではないかと考え、積極的に投資を行ってきました。
今年2月に開催された米国のイベント「SaaStr Annual 2019」で発表された数字によると、SaaS領域のユニコーン企業(時価総額がUS$1 Billionを超える未上場企業)が、昨年からさらに10以上増えており、新たに12社以上のSaaSスタートアップが上場を果たしていました。また、日本では、大企業によるスタートアップ買収事例が未だにほとんど生まれていませんが、米国ではsalesforce.comやSAPなど、米国の大企業による大規模なM&Aが数多く生まれています。
2016年以降のM&Aをピックアップすると、salesforce.comやOracleなどの米国大手企業が大規模な買収を行なっています。
② SaaS企業のValuation
資金調達を検討する経営者にとって、自社事業のバリュエーションがどのように評価されるのか、そのロジックを理解する事は非常に重要です。
先日こちらのnoteで公開したインタビュー(Sansan寺田社長×DNX倉林)でも話題にのぼりましたが、日本ではかつて、SaaS企業であっても黒字化していないと資金調達が難しい状況が続いていました。一方で、米国では足元の利益ではなく、ARR成長率などで会社の将来性を評価してバリュエーション設定をするのがスタンダード。日本でも、外資系VCや独立系VCの台頭をうけ、こうした米国流の考え方が浸透し始めています。特にSaaSスタートアップがバリュエーションを考えるときには、バリュエーションのロジックを踏まえ、なぜARRマルチプルや成長率が重視されるのかを理解した上で、IPOやM&Aなどのエクジットのタイミングで市場に求められる数値を最適化することが重要です。
イベントではそうした長期的・俯瞰的な視点から、企業価値の算出方法や、効率的に事業を伸ばすためのキャッシュフローとレベニューのバランス、時価総額の推移の仕方、IPOに向けて考えるべきことなどについてお話ししました。
③ Seed期のカオス
さて、実際には創業後のシード期はいずれのスタートアップもカオス。今回のテーマである「SaaS企業の成長戦略」において、このシード期も非常に重要です。
倉林がSaaSビジネスの成功の前提条件としていつも注目しているのは、3つ。大きな市場課題と、それを解決するソリューションのUnit Economicsを確保し、ビジネスとして成立させること。そしてもうひとつ大事なことが、プロダクトの差別化によって確立した時間差を活用し、ビジネスを最速で拡大して市場のリーダーシップを取るために適切な資金投入をすること。最後に、再現性のあるSaaSビジネスの成長を支える組織を作ることができるか。
この3つをどのような優先順位とバランスで実現するかが、経営者に課せられた命題です。
さらに、プロダクトリリースを実現しても上記のような課題、間違ったアプローチが原因となって、チャーン(登録離脱率)が拡大してしまうケースが少なくありません。時を同じくして、そんなタイミングでSeries Aの資金調達がはじまります。
Series A調達を成功させるためにも、こうした課題ひとつひとつに優先順位をつけて、プロダクトやカスタマーサクセスに向き合い、地道に解決していくことが大事です。そのとき、ぜひ課題解決を外部に頼らず、きちんと自社でエンジニアやセールス、カスタマーサクセスのチームを築き、改善に努め、そうした知見を自社内に蓄積していってもらいたいと思います。
④ GTM FitとGrowth Efficiency
こうしたシード期の苦労を抜けると、今度はどのような成長率で会社を成長させていくべきか、に向き合っていくことになります。
ここで紹介したいのが、今年のSaaStr Annual 2019でScale Venture PartnersのPartnerのRory O’Driscollが紹介した、Mendoza Line for SaaSです。
守備は非常に上手いが打率の低いメジャーリーガーの打率がどの数字以上だったら使うべきか、を表した指標を参考に、SaaSスタートアップの初期のARR成長率とその低下率を分析することで、SaaS企業が米国で上場するのに必要な、ARRが$100Mの時にARR成長率が25%に達するかどうか、予見できるとしています。ARR成長率はARRが大きくなってくれば徐々に落ちてくるものなので、初期の頃のARR成長率と、その低下率をなるべく小さくすることが、米国VCからの投資を集めるには重要な指標と言えます。
日本とアメリカとでは上場に必要な条件が大きく異なるので、ARR$100Mの時点でARR成長率が25%、という指標に達せずとも上場はもちろん可能ですが、日本のスタートアップにも米国の成功企業と同じ指標を目指してほしいと思います。
イベントでは、SaaSビジネスの成長を因数分解し、成長に求められる指標を具体的に紹介、各々の目標数字をどのように設定し、どのように追いかければ良いか、他社の成功事例なども踏まえながらご紹介しました。
⑤ Customer SuccessによるGrowth
様々な数値指標があるなか、SaaSビジネスにおいて最も重要な鍵となるのは、如何にネガティブチャーンの状態を作り出せるか。そのために、カスタマーサクセスが非常に重要です。サブスクリプションモデルの場合、顧客へ販売して終了ではなく、その後長きに渡って継続して使ってもらうことが不可欠であり、ここにカスタマーサクセスの役割が求められます。今後サブスクリプションエコノミーの拡大と共に、企業の経営幹部の中にCCO(Chief Customer Success Officer)が設置されるようになるでしょう。
会場には、弊社DNXの投資先CEOも数多く出席。倉林セッション後には、シードステージを超えて成長を見せる弊社の投資先や、すでに上場を実現したSaaS企業のCFOにも、それぞれのステージでどのような課題があり、それらをどのように乗り越えてきたのか、非常にリアルな体験談が語り合われました。
SaaSユニコーンSansan寺田氏にきく
後半のセッションでは、SaaS領域のパイオニア的存在であるクラウド名刺管理のSansan株式会社 寺田親弘社長をお招きし、創業以来10年以上にわたってどのような経営をしてきたのか、トークセッションがスタート。倉林による代表質問では収まりきらず、集まったSaaS起業家たちによる質問攻めの1時間となりました。
今回はそのなかから、いくつかセレクトしてご紹介します。
——最近営業を積極的に採用されているとのこと、どういった背景・目的があってのことなのでしょうか?
これまでSansanは、マーケティングドリブンで成長を続けてこれてたんですよね。過去にも、うまくいった意思決定、うまくいかなかった意思決定が、それぞれいろいろありますが、僕自身が後悔しているのは、事業の成長変数がセールス・営業メンバーの数に移ってきていることを察知するのが遅れたんです。既に成長の大きな要因になりつつありました。これについては、とても反省していて。それで採用を一層強化し、この4月、新たに約60名の営業メンバーを迎え入れることになりました。
——セールスに関して、うまくいったこと、いかなかったことを教えてください。
創業当初から、「ソフトウェアはコンセプトや世界観を売るものだ」ということを、とにかくセールスチームに徹底していました。今あるものを売るのではなく、未来にあるものを売るんだ、という心意気です。
だからまず、プロダクトコンセプトやメッセージを死ぬほど考えました。創業当時だけでなく、その後何度も何度も、そして今も、そのコンセプトをブラッシュアップしています。コンセプトをどう作って、そこにどう重心をのっけて、全員がそれを信じ込む状態にするかというのを意識していました。
それに加えて、プライシングについても死ぬほど考えました。コンセプトに合わせてどうプライシングを変えるか。プライシングって想像している以上にパターンが無限にありますよね。
——寺田社長はインプットをどこから得ていますか?
一流のベンチャーキャピタルと付き合うことですかね。圧倒的に質の高い情報なので、一番効率がいいと思っています。一時期、海外のメディアを見ている時期もありましたが、逆に情報に対する感度を下げている気がして、今ではあまり見ていません。私自身、トライアンドエラーでまだ模索していますが、一流のベンチャーキャピタリストからきちんと情報を得ること、これは大事だと思います。
ほかにも、スタートアップ期の人材の口説き方、プロダクトマーケットフィットの実現のためにどのような意思決定をしてきたのか、バットシグナルをどう見つけているか、創業者間の関係性継続の秘訣など、スタートアップ経営における様々な体験談を共有いただきました。
セールスの観点から、プロダクトのコンセプトワードやメッセージを大切にしてきたという寺田さん。さらにお話を深掘りしていくと、会社そのもののミッションをブラッシュアップし続け、ミッションが社内のカルチャーを作り、カルチャーが優秀なチームを築くというお話も。一貫して、強固なミッション・コンセプトを大切にされていることが伝わってくるトークセッションとなりました。
非常に盛り上がった今回のSaaS部。また、年数回開催を目指して企画していきたいと思います。今回参加できなかったみなさん、ぜひ次回足を伸ばしていただければ嬉しいです。
文・上野なつみ 監修・倉林陽
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